ケース2 迫り来る牙

1/1
前へ
/10ページ
次へ

ケース2 迫り来る牙

 愛称とは特に親しみを込めて対象を呼ぶために用いられる本名以外の名前の一種のことである。僕の場合、神楽坂さんから『犬くん』と呼ばれている。この愛称は正直好ましくはない。僕としては気に入っていない。そもそもあだ名とは不思議で自分で決められないのが特徴である。僕が「犬と呼んでくれ」と周囲に願えば気が楽になるかもしれないが、気に食わないあだ名はずっと呼ばれ続けられる。知らずのうちに。嫌なら嫌と言えばいい話であるが、僕は諦めた。どうにでもなれだ。一番酷いあだ名は「負け犬」だった。名前の由来としては些細なことで同級生と喧嘩をして負けたことと僕が犬飼だからだ。それ以来、それを知る同級生の前ではずっと負け犬だった。  苦い過去の話は置いといてあだ名とは不思議な力を感じる。果たして今の僕のあだ名は何が適正な愛称なのか分からない。 「犬くん、ちょっといいかしら」  いや、結局僕は犬くんと言われる運命なのだ。それが僕に与えられた指名である。 「運命? 指名? さっきから犬くんは何を言っているのかな」  神楽坂さんは不思議そうに僕を見ながら言う。 「え? 僕、声が漏れていましたか?」 「うん。ガッツリと。それよりも犬くん。質問、いいかしら」 「はい。何でしょう」 「犬くんは好きな女の子にどのようにして自分のものにするか教えてくれる?」 「え? 何ですか。その質問」 「いいから答えなさい。自分ならまずどんな行動をするか教えてくれる?」 「えっと、自分のアピールポイントを見せて気を引くとかですかね」 「犬くんのアピールポイントって何?」 「いや、急に言われても思い付かないですよ」 「自分で言い出したことでしょ。何かないの?」 「そう言われましても」  神楽坂さんは呆れ顔で溜息を吐いた。またしても神楽坂さんを失望させてしまった。 「まぁ、いいわ。じゃ、本日の実験を始めるわよ」 「今日は何をするんですか?」 「ズバリ、恋よ」 「恋……ですか」 「犬くんの場合はその世代で途絶えるけど、動物の世界では世代を繋げることが必要なのよ」  神楽坂さんは完全に僕を見放すようにして話を進めた。 「動物には生き残る為に日々食物連鎖を繰り返す一方、自分の遺伝子を残す為に争いが絶えないことは知っているかしら」 「メスを巡るオス同士の戦いですか?」 「犬くん、冴えているわね。その通り。動物には例え自分が命を落とすことになっても自分の遺伝子をメスに植え付けて受け継ぐ本能がある。オットセイとかライオンが良い例だわ。これらは生き残る確率を高める為に一番強い個体しかメスと交尾することができない。オス同士で勝ち残った個体だけが一夫多妻のハーレムを築くことが出来る。じゃ、争いに負けた個体はどうなるか。負け組同士群れを作って生涯孤独を分かち合いながら一生を終えるのよ。そう、犬くんのように」  分かりやすい例え話で説明する神楽坂さんだが、サラッと僕の印象は負け組として扱われた。 「ここで犬くんにクイズです。負け犬でも……じゃなくて負け組でもメスと交尾する例を発表されているけど、どんな方法をとったでしょうか」  僕は負け組ならぬ負け犬と見つめざるを得ない。ここは何としても悪い印象を変える必要がある。ここで正解を言い当てなければ負け犬だ。頭を捻って答えを出した。 「勝ち個体の隙を付いて隠れてメスと交尾した。これです。神楽坂さん」 「うーん。三十パーセント正解ね。人間的に考えず犬的に考えれば答えは出ていたかな。残念」  微妙な数値だった。実質不正解に等しい。犬的とは犬になりきれと言うことだろうか。それはそれで難しい。 「これはオットセイの例だけど、勝ち残った個体は確かにハーレムを築き上げることは出来るけど、一体に対し多くのメスが群がるとどうしても溢れるメスも出てくるのよ。そのメスたちは一旦諦めて群れから離れるんだけど、そこで頭の良い負け組はそのメスを狙って交尾に持ち込む。負け組から逆転する個体が中にはいると言うことよ」 「なるほど。諦めたフリをしてチャンスを狙ったってことですね」 「その通り。犬くんもそれくらいの度胸がないと遺伝子を残せないぞ」 「いや、人間がやったら色々危険ですよ。そもそも日本で一夫多妻制は認められていません」 「そんなこと分かっているわよ。私が言いたいのは『恋は度胸が大事』ってこと」 「はい。出来る限り頑張ります」 「出来る限りじゃなくやるのよ。おっと、話が逸れちゃったわ。犬くん、実験を始めるわよ」 「今回はどのような実験をするんですか?」 「今回は動物の恋愛事情について実験するわよ」  研究室に用意されたのは六匹のネズミとクリアゲージである。ネズミを使った実験になる。実験動物と言えばネズミだ。果たして何を始めるつもりなのか僕には想像できない。 「ネズミのオスが二匹、メスが四匹います。まず、二匹のオスをクリアゲージに投入します。するとなんと言うことでしょう。二匹のオスたちは顔を合わせただけで喧嘩を始めました」  神楽坂さんは実況風にネズミの様子を解説した。オスネズミたちは激しい攻防戦の末、一匹のオスネズミが降伏を示した。負けたネズミは逃げるように隅に寄っていく。 「どうやら決着がついたわね。ではこの負けた子を負け犬くんと命名しましょう」  負け犬くんと名付けられてしまったネズミは可哀想に見えた。この子は僕と同じ境遇の中にいるようで同情してしまう。 「逆に勝った方のオスネズミを勝ち組くんと命名します。この二匹のオスネズミの間に透明の板を挟み二つの島を作ります。さて、勝ち組くんと負け犬くんの島が出来たところで実験を始めるわよ。察しの通りここで四匹のメスを勝ち組くんの島に投入します。するとなんてことでしょう。勝ち組くんはハーレムを築くことが出来ました。それを羨ましそうに眺める負け犬くんはなんと惨めです」  野球中継のように見たままをそのまま解説する神楽坂さんは興奮したようにヒートアップした。一体何がしたいのか僕は静かに見守った。 「ご覧の通り、オス同士は喧嘩を始めるが、逆にメスを入れると喧嘩をすることはありません。イチャイチャラブラブしています」  神楽坂さんが解説するとどうも生々しい言い方になる。これはただの実験だと自分に言い聞かせて落ち着かせた。負け犬くんは羨ましそうに勝ち組くんの様子を眺めている。これが動物社会というやつなのだろうか。 「犬くん。これを見てどちらの立場になりたいか正直に答えてくれるかしら」 「それは勿論、勝ち組くんですよ」 「一見、勝ち組くんが羨ましく思えるけど、実はこれはこれで地獄なのよ」 「え? どうしてですか?」 「勝ち組くんは四匹のメスたちの相手をしなくてはならない。つまり、この島にいる間はひたすら交尾に励むことになる。勝ち組くんに休む暇なんてないわ。結果として交尾疲れをして命を落とすことになるわ」 「そうなんですか?」 「試しにこのまま放置するのも悪くないけど、ここからが本番。先ほど二つの島に分けた透明の板を外して見ましょう。するとどうなるか」  透明の板が外された直後、負け犬くんはメスの元に駆け寄った。 「四匹のメスを相手にしていた勝ち組くんは俺のメスに手を出すなとはならない。むしろどうぞ、どうぞあげますよって感じになるのよ」 「負け犬くんも遺伝子を残せて良かったですね」 「あくまでメスが多いからおこぼれを貰っただけよ。本来、メスは多くないのが現状。強くなければ文字通り負け犬くんは負け犬になるから注意が必要ね」 「勉強になります」 「実験はここまで。これ以上イチャイチャさせると増えちゃうから一匹ずつに仕分けしてくれるかな?」 「分かりました。やっておきます」  僕はネズミをクリアゲージから取り出し、専用のケースに入れる。 「さて、実験も終わったところで犬くんに報告があるわ。聞いてくれるかしら」 「報告? なんでしょうか」 「私、ビジネスを始めようと思うのよ」 「ビジネス? 一体何を?」 「以前の兼近家傷害事件を覚えているかしら」  つい最近の出来事なので記憶に新しい。それがどうしたというのだろうか。 「実は成田教授にお褒めの言葉があってあるものを勧められたのよ」 「あるもの?」 「動物相談所よ。成田教授に手伝ってもらってホームページを作ってみたの」  神楽坂さんは自身のスマホを僕に渡して見るように促す。  そこにはまず、大きな見出しで『神楽坂動物相談所』と書かれている。主な相談内容は迷子のペット探し、ペットの躾講座など動物に関するトラブル対応を行うというもの。予約制で金額や日付は要相談。神楽坂と助手が対応しますと書かれていた。 「あの、神楽坂さん。この助手というのは?」 「犬くんのことだけど?」  神楽坂さんは当たり前のように僕をメンバーに入れていた。許可もなく。 「これも勉強よ。いいじゃない。勉強出来る上にお金まで貰えるなんて一石二鳥よ」 「確かにそうですけど、僕にも都合というものがありましてね」 「都合? 言ってみなさいよ」 「その、なんと言いますか。あれです。家事とか忙しいです」 「犬くんは実家じゃなかった? 下手な嘘はやめなさい。もう、決まったことだから」  神楽坂さんは言い放った。とにかく行動力がある神楽坂さんは積極的に全て決めてしまう。良いように言えば自発的。悪く言えば自分勝手。僕の場合は優柔不断なのでリードしてくれる神楽坂さんとは釣り合っているかもしれない。ここは神楽坂さんの実態を知るには良い機会なのかもしれない。もう少し、様子を見てみよう。 「おや、早速メールで依頼が入っているようね。犬くん、仕事よ」  こうして神楽坂さんと僕は神楽坂動物相談所として初仕事に出向くことになった。 「初めまして。本日はご依頼を頂きありがとうございます。私、神楽坂動物相談所の所長を務めております、神楽坂鈴蘭と申します」  神楽坂さんは依頼人に対し、律儀に名刺を差し出す。いや、その前にいつの間に名刺なんて作ったのだろうか。手作りではなくパソコンで本格的に作った名刺に驚く。やっていることは完全に会社の一環である。それに所長とは?  ひとまずそれは置いといて今回依頼してくれたのは玉木沙知代さん(四十二歳)という動物関係の保健所に務めている女性の方だった。  玉木さんは神楽坂さんのホームページを見て依頼してくれたようだ。しかし、実際に顔を合わせたことで早くも信用がなかった。その理由としては僕たちが若いということだった。それもそうだ。実際、僕も神楽坂さんも仕事が出来るような振る舞いをしていてもまだ大学生に過ぎない。倍も歳が離れていたら不安になるのも無理はない。しかし、そこは神楽坂さんの押しが年の差を埋める要素になる。 「動物に関しては自信を持っています。どんな相談でも見事に解決しましょう。何なりとお話し下さい」  不安があるはずなのに自信に満ち溢れた強い口調が心に響く。  依頼人である玉木さんは相談を打ち明けた。 「実は最近、近辺で野犬が出没する報告があります。住民の方も怯えて道を歩くのが怖いと不満が寄せられているのです」 「野犬ですか」  そう言いながら何故か神楽坂さんは僕の方をチラ見する。犬という単語が出ればまず僕を意識するのをやめて頂きたい。 「以前までは人を襲うことはなかったのですが、最近になって被害者が出てしまったんです。被害者は私の甥っ子でまだ七歳の子供です。大怪我を負って今でも入院生活を送っています。他にも被害が出ていると報告を受けています。このままでは街は野犬に支配されてしまう。どうか野犬を街から追いやって頂けませんか」  いきなり難しい相談が飛び込んだ。野犬を追い払う依頼とは規模が大きい。自然を相手にするのでいくら神楽坂さんでも無茶だ。当たりが悪かったとしか言いようがない。流石に今回は依頼を受け入れないものと考えた僕だったが、その予想は覆される。 「分かりました。その依頼、引き受けましょう」 「神楽坂さん。ちょっと、待って下さい。いくらなんでも無茶ですよ」 「では依頼成立ということで契約書にサインを頂きたいのですが」  神楽坂さんはまるで僕の話を聞いていない。むしろいない者として話が進んでいく。何を根拠に解決していくつもりなのか全く分からない。  結局、そのまま依頼を受ける形で話はまとまった。話し合いの末に依頼が完了したことで初めて報酬を得ることが出来る完全後払い制となり、依頼を解決に至らない場合はその時点で無効となるシステムだ。タダ働きの気配しかしない。それでも神楽坂さんは仕事を引き受けた。 「神楽坂さん。本当に解決する自信はあるんですか?」 「そんなものはないわよ」 「ないのにどうして引き受けたんですか」 「例え解決できなかったとしても動物関係で困っている人がいるなら私はほっておけない。それだけよ」  神楽坂さんの心に響く発言ではあるが、後先はしっかり考えて頂きたい。  それでも僕たちは目の前の事件に向かって突き進んだ。  神楽坂さんと僕が最初に向かったのは被害者である玉木さんの甥っ子が入院している病院だった。玉木さんから許可を頂き、面会までこぎつけた。被害にあった男の子の名前は翔也くんだ。左腕にギブスが巻かれ、頭には包帯が巻かれている。 「翔也くん。当時の状況を話してくれないかしら」  自己紹介が終わった途端、神楽坂さんは事情聴取を始めた。翔也くんは正面の壁を見たまま黙っていた。いくら話を聞きたいからといっても相手からしたらトラウマを話せと言っているようなものでそう単純に話せるものではない。今回ばかりは積極的な神楽坂さんの言動は裏目になっている。少し時間を置いた方がいいと神楽坂さんに注意しようとしたその時である。 「お姉ちゃんたちはあいつらを街から追い払おうとしているの?」  翔也くんはようやく口を開いた。 「そうよ。その為には当時の状況を教えて欲しいの。どういう経緯で野犬に襲われたか教えてくれるかしら」 「はい。あれは学校の帰り道でした。その日は数人の友達を連れて川辺の方に遊びに行っていました。川に向かって石投げをして遊んでいたところ、川の反対側に野犬が一匹いるのに気が付きました。すると、それを見た友達は誰が最初にあの野犬に石を当てられるか勝負しようと提案したんです」  ん? ここまで聞くとなんだか嫌な予感しかしない。 「すると、友達の石が見事に野犬に当たりました。例え怒ったとしても川の反対側なのでこっちまで来られないだろうと余裕を持っていたんですが、なんとその野犬は川の中にある石を渡ってこちらに向かってきたんです。慌ててその場から離れていったんですが、僕は石に躓いて転んでしまいました。逃げ遅れた僕の目の前には既に野犬が迫っていました。無抵抗のまま僕は野犬に襲われてこのザマです」  話を聞いている限り、この子の友達が全部悪い。子供の些細な悪戯が被害者を出した事例になる。 「事情は把握したわ。ちなみに君が襲われた野犬は何匹だったのかしら」 「一匹ですけど」 「そう、どうもありがとう。参考になったわ。後は私たちに任せて。必ず野犬のいない街にしてみせるから」  被害者の事情を聞いた神楽坂さんは被害にあった現場付近を訪れていた。 「この街に野犬がいるのね。のどかで自然豊かな街ね」 「神楽坂さん。これからどうするつもりですか」 「さて、犬くん。問題です。野犬はどのように生まれるのでしょうか」  僕の質問を遮り、逆に問題を出されてしまった。 「それは勿論、飼い主に捨てられたからでしょ」 「そうね。でもこの街は正確な数は分からないけど、何十匹の野犬を目撃されるそうよ」 「そんなにいるんですか」 「野犬というのは群れを作る傾向が多いのが特徴よ。しかも、この街では体長一メートルを越える大型犬がいるみたい。住民が頭を悩ませる訳ね。でも野犬は滅多に人を襲うことはないはず」 「今回は挑発したことが原因なので仕方がないのではないですか?」 「それもあるけど、ここまで被害が出ているのは理由があるはず。そもそもこの街に住み付いている理由を探る必要があるわね」 「住み付く理由ですか。何かこの街に拘る理由があるんですかね」 「住み付く理由としては餌があること。つまりこの街は餌が豊富なのよ」 「餌って何を食べているんですか?」 「おそらく何者かが定期的に餌付けをしているに違いない。それを特定しない限り、野犬は追い払えないわよ」 「じゃ、僕たちのやることは決まりましたね」 「えぇ、まずは野犬を探し出すわよ」  シラミ潰しに探す程、手間がかかると思ったが歩いて五分程で野犬の姿を確認することができた。目撃されたという川辺の付近に一匹の白い毛並みの野犬だった。その体長は一メートルと大型だ。道を歩いていてこのような野犬に遭遇したら腰を抜かすことは間違いない。 「群れを作っていないのね」  神楽坂さんは一匹でいる野犬に対し怪しんだ。 「どうしますか。神楽坂さん」 「犬くん。同種族ならあの子と交渉して追い払ってくれるかしら」 「無茶言わないで下さい。それに僕は犬じゃありません」 「冗談よ。ムキにならないでよ」 「神楽坂さんこそ動物が懐く体質があるならなんとかなるんじゃありませんか?」 「無理よ。いくら懐かれる体質があったところであぁいう野犬は人間に対して敵意むき出し。近づいたところでガブリよ」 「てっきり僕は神楽坂さんの体質を当てにしていたんですが、使えないとなれば今、僕たちがしていることは非常に危険な行為なのでは?」  冷汗をかきながら僕は聞く。その答えは「そうだけど?」と軽い口調だった。 「神楽坂さん。急用を思い出したので僕は失礼します」 「あら、逃げるの?」 「いえ、本当に急用がありまして」 「女の子を一人、野犬がウロついている場所に放置して逃げ出すんだ」  神楽坂さん。その言い方はずるい。そのようなことを言われてしまったら帰るに帰れないではないか。帰るか残るか頭の中で奮闘した結果、やはり残ることに決めた。もし、帰ってしまえば明日から神楽坂さんに何をされるか分からない。そんな危険を侵すより目の前の危険に立ち向かった方がまだマシだった。 「さて。野犬は一匹。ここから群れに合流するか、餌を求めるか気づかれないように観察するわよ」 「はい。分かりました」  ここから気づかれないように白い毛並みの野犬の後を追う。しかし、その足取りは早くドンドンと距離が広がる。神楽坂さんはムキになり早歩きから駆け足に変わる。ついには短距離走並みに走り出した。 「神楽坂さん。これは尾行ではなく完全に追いかけているのではないでしょうか?」 「仕方がないでしょ。ターゲットが速いんだから走るしかないでしょ」  僕は必死に神楽坂さんの背中を目印に走った。川辺を抜けて山の方へ野犬は入っていく。人通りは更になくなり道ではない道に進んでいく。人間では到底追いつけなかった。足場も悪く周りの木や雑草で視界が遮られる。 「きゃ!」  神楽坂さんは石に躓き、バランスを崩した。 「神楽坂さん!」  後ろにいた僕はその身体を支えた。なんとか転ばずに済んだ。 「犬くん。ありがとう」 「いえ。それより」  野犬は完全に見失ってしまった。やはり、人間の足で犬に追いつくのは不可能だったようだ。 「犬くん。ここは出直すわよ」 「はい。そうした方が良さそうですね」  結局、その日は何の手掛かりも得られないまま僕たちは解散した。  野犬調査第二回目。最初の調査から一週間後のことだった。それまで神楽坂さんから何の音沙汰もなかったので自然消滅したと思っていたが、突如神楽坂さんからの呼び出しで調査は続行することになった。そこで神楽坂さんが用意したのは軽自動車だった。 「今日は車を使うんですね」 「えぇ、流石に走って追いかけるのは無謀だったから車を使うことにしたの。さぁ、犬くん。乗りたまえ。出発するわよ」 「神楽坂さん。車も免許も持っていたんですね。知らなかったです」 「免許は持っているけど、車は借り物よ」  運転免許を持っているイメージがなかったが神楽坂さんの年齢で持っていることは不思議ではないのだろう。運転免許を持っていない僕としては羨ましかった。大学在校中には取得したいところだが、入校金は自腹になりそうなのでしばらく難しい。それはさておき、神楽坂さんに乗せてもらうことは喜ばしいことだった。 「神楽坂さんは普段どれくらい運転をするんですか?」 「免許を取得して今日初めて運転するわよ」  何気ない質問で自分の首を絞めてしまったことに絶望する。神楽坂さんの初運転に立合うことは喜ばしいことに違いはないのだが、それよりも事故らないか不安で仕方がない。それでも車は野犬の目撃情報がある街へと走り出した。 「神楽坂さん。どうか安全運転でお願いします」 「安心しなさい。そんなヘマはしません」  すると、言った傍から一時停止を見落とした神楽坂さんは優先道路を走る車とぶつかりそうになり急ブレーキを踏んだ。まさに開いた口が閉じなかった。 「マジで安全運転お願いします」 「うん。気をつけるね」  車はゆっくりと走り出した。  到着したのは目撃情報が最も多かった墓地だった。車は近くの駐車場に停めて神楽坂さんと僕は墓石の前まで辿り着く。 「見て。犬くん。早速、野犬たちがいるわ」 「そこには黒、茶、白など様々な毛色をした野犬たちが中央無人に歩いていた。勿論、野犬たちに首輪はされていない。 「一、二、三、四、五。ここから見えるだけで五匹いるわね」 「ここが野犬たちの拠点なのでしょうか」 「なるほど。ここなら良い穴場になるものね」 「何故そう思うんですか?」 「墓地といえば墓参り。墓参りといえばお供え物」 「なるほど。それを狙って穴場にしているってことですか」 「そういうこと。野犬たちは人間が食べ物を置いていくと認識して寄ってきちゃう訳よ」 「なんて罰当たりな。そんなことしたら呪われますよ」 「死人は食べることは出来ないわ。それなら腐る前に食べた方が食べ物を無駄にせず済む。エコじゃない」 「それはそうですけど、いくら何でも目的が違います。例え犬でもあんまりですよ」 「あら、犬くんは幽霊とか祟りとか信じる人なのかな?」 「僕はそのような非科学的なことは起こってみないと何とも……いや、今はそれよりも犬ですよ」 「そうね。試しに近付いてみましょうか」 「大丈夫でしょうか」 「ものは試しよ」  神楽坂さんは一匹の野犬との距離を詰めた。その距離は墓石三つ分だ。しかし、野犬は逃げる気配はない。 「なるほど。ここの野犬は人間に慣れているようね」 「以前の野犬とは違いますね」 「おそらく、ここは定期的にお供え物を置いてあるから野犬にとって人間は餌を運んで来てくれるって認識でいると思うわね」 「なるほど、だから警戒がないんですか」 「とは言っても懐いてくる訳でもない。餌を置くのを待って人間が離れたら食いつく感じね」 「じゃ、お供え物を置く人を辞めさせればいなくなりますね」 「そういうこと。そのお供え物を置く人が今日は来ているかどうかだけど」  その時だった。神楽坂さんのすぐ横を一人のおばさんが通っていく。その足取りは軽く一直線に一つの墓石の前で立ち止まった。周りの雑草を抜き、古くなった線香を回収し、墓石に水を掛け、洗い流す。一連の手入れを終えた後、墓石に話しかけながら持ってきた鞄から何かを取り出す。それはパン、おにぎり、お菓子類といった豊富な食べ物だった。それを丁寧に墓石の前に並べて線香に火をつけて手を合わせた。 「あの、お婆さん。ちょっと良いでしょうか」  確信した神楽坂さんはしゃがみ込んでいるおばさんに声をかけた。 「おや、何かね」 「お婆さんは毎日ここに来るんですか?」 「毎日は来ないよ。二、三日に一回来るかね」 「そうなんですか。ご主人さん、ですか?」  神楽坂さんは目の前の墓石を見ながら言う。 「いや、息子だよ。亡くなってからもう五年くらいになるかねぇ。親より先に逝くなんて親泣かせだよ」 「事故……ですか?」と、神楽坂さんは踏み込んだ質問をする。普通なら躊躇するところだが、神楽坂さんは聞き辛いことでもズバッと聞いてしまう。たまにそれでトラブルになることもあるようだが、今回はその踏み込みも必要である。 「いや、病気だよ。糖尿病さ。最後まで自分の信念を貫いた結果だよ。死んでも食生活は変えない頑固者だった。結果、文字通り亡くなったんだよ」  自業自得な死因に呆れ返ってしまう。反応に困るところだが、神楽坂さんは更に質問を続ける。 「では、その大量の食べ物を息子さんに宛てた物ですか」 「そうだよ。亡くなったとはいえたった一人の息子なんだ。大食いだったから向こうで腹を空かしていたら可哀想じゃないか。せめて親としてこれくらいはしてあげたいんだよ」  お婆さんは息子に対する愛が感じられる。しかし、今は野犬が住みつく被害が発生し、その行いが人々を困らせている。それとなくお婆さんに状況を伝えなければならない。 「お婆さん。その食べ物は息子さんの元には辿り着きません。野犬たちの餌になっているのでもうこのような行為を辞めて頂けないでしょうか」  神楽坂さんに気遣いと言うものはない。今、しなければいけないことをただ的確にするだけだった。僕はもう何も言わない。ただ、神楽坂さんを見守っているだけだ。 「野犬? 何のことだい?」 「お婆さん。周りを見てください」  その周りには僕たちが離れるのを今か、今かと待つ野犬の姿が周囲を囲んでいた。 「その食べ物は野犬に奪われてしまいます。ですから持ち帰って頂けませんか?」 「例えそうだとしてもここに食べ物は置いていきます」 「どうしてですか。奪われるだけなのに」 「とにかく、これは息子にあげたものだ。あげた後にどうなろうと私は知らないよ」  お婆さんは立ち上がり、来た道を歩いていく。聞く耳を持たない様子だった。なんとか辞めさせないと野犬被害を解決できない。 「お婆さん。待ってください」  神楽坂さんが呼び止めるとお婆さんは立ち止まり振り返った。  次の瞬間、神楽坂さんはお供え物であるおにぎりを口の中に頬張った。 「ちょっと、神楽坂さん。何をしているんですか」  僕の呼び止めにも気を捉われず無我夢中でおにぎりを食べ進める。それだけでは飽き足らず一緒に供えられていたパンにも手を伸ばし、口の中に放り込んだ。無理して食べたことで神楽坂さんは喉を詰まらせて咳き込んだ。 「お嬢さん。何をしているんだい」  堪らずお婆さんは墓石の前まで戻って来た。 「お婆さん。供えた物がどうなろうと知ったことではないんですよね? だったらここにある食べ物を全部私が食べてしまったとしても関係ないのではありませんか?」 「た、確かにそうだけど、幾ら何でも目の前で食べられると気分が悪いわ。せめて私がいなくなってからしてほしいわね」 「私はあなたの前で食べることを辞めません。今後、お婆さんがいくらお供えしようと私はずっと目の前で食べ続けることを宣言します」  神楽坂さんはそう言いながら今度はバナナの皮を剥き始める。 「随分、変わった子だね。息子に渡る前に食べられてしまうのであれば敵わないよ」 「じゃ、お供えは今後辞めてくれると約束して下さい」 「そうしたいのはヤマヤマだが、やはり息子には何かあげたいんだよ」 「お婆さん。でしたら良い方法があります。少し待っていてくれませんか」  神楽坂さんは駐車場の方へ走っていく。僕は適当にお婆さんとの場を繋ぐこと十分。ようやく神楽坂さんは僕たちの元に戻ってきた。 「お待たせしました。お婆さん。これをどうぞ」 「なんだい。これは?」 「食品サンプルです」  神楽坂さんが持ってきたのはオムライスの食品サンプルだった。そう、よく飲食店の外にあるクリアケースに収められているメニューの見本である。店が行列していたら店内に入る前に食べたいものを考えることができるということで流通しているものだ。  見た目は本物のオムライスなのでその再現度は高い。 「息子さんにお供えするときはこれを使って下さい。メニューに飽きたら別の食品サンプルを用意すれば息子さんも飽きずに済むと思いますよ」 「これはすごいね。本物そっくりだ。でも、私にはこんなもの作る技術はないよ」 「安心して下さい。今ではネットで注文も出来るので作る必要はないんです。私のやつもネットで取り寄せたものなんです」 「これ、貰ってもいいのかい?」 「はい。息子さんのお供え物を食べてしまったお詫びです。どうぞ、息子さんにあげて下さい」 「それじゃ、遠慮なく貰うよ」  お婆さんはオムライスの食品サンプルを息子さんの墓石にお供えをした。これで野犬に狙われなくて済むだろう。  お婆さんは今後、食べ物をお供えしない代わりに食品サンプルを供えると約束してくれた。これでここにいる野犬は時期にいなくなることだろう。 「それにしても神楽坂さん。どうして食品サンプルなんて持っていたんですか?」 「さぁ、そうしてかしら。車の所有者が入れていたのかしらね」  絶対嘘だと僕は確信した。神楽坂さんが計画的に持ってきたに違いない。ここまで計算されていたのだとしたらやはり神楽坂さんは只者ではないだろう。 「何はともあれ、これで野犬被害は解決ですね」 「いや、まだよ。まだ大きな穴場の謎が残っている」 「一体何処ですか?」 「時期に分かるわ」  神楽坂さんが運転する車はある場所に向かって走り出した。 「獣の匂いがするわね」と神楽坂さんは鼻をくんくんしながら言う。  向かった先は街で一番大きな公園だった。遊具等はなく散歩道や池があるだけの公園である。しかし、この公園には人があまりいない。その理由は数多くいる野犬のせいだ。  ここには野犬が十匹以上いると報告が寄せられている為、本来ウォーキングや散歩で賑わう公園だったが完全に野犬に占領されてしまっている。 「入り口から見るだけでも二、三匹はいますね」 「犬くん。そもそもどうして野犬が存在するか分かる?」 「誰かが捨てるからですか?」 「その通り。それにこれだけ野犬が密集しているとなれば確実に近所の住民の可能性が高いわね」 「じゃ、犬を捨てる犯人を捕まえない限り野犬被害は終わらないってことですか?」 「その通り。いや、そうとも限らないわね」 「どういうことですか?」 「まだ確信じゃないから調べてみる必要があるわね」  神楽坂さんは園内に入ってく。昼間だと言うのにやはり園内には人の姿はなかった。完全に野犬に占拠されているようだった。付近にいる野犬の視線が僕と神楽坂さんに集中する。 「神楽坂さん。大丈夫でしょうか?」  つい、僕は不安になり声をかけてしまう。しかし、僕の声が小さ過ぎて聞こえなかったのか無視をしたのか、神楽坂さんは何も返事をしなかった。  見た感じ、ここの野犬は墓地の野犬と違い人間に警戒しているようである。近づくにつれて距離が広がっていく。公園の中央広場に辿り着いた時だった。一匹の茶色い野犬と目が合う。普通であれば逃げていくはずだが、その野犬は逃げることはなく「ウゥー」と威嚇している。 「神楽坂さん。離れましょう。危険です」  僕の呼び掛けに目も呉れず、神楽坂さんはその野犬の元に歩み寄った。 「怖くない。怖くないよ」  神楽坂さんと野犬の距離はおよそ三メートル程だ。もしかしたら神楽坂さんの動物に懐かれる力が発動するのではないかと僕は期待の眼差しで見守る。 「ヨシヨシ。良い子ね」  次の瞬間だった。野犬は神楽坂さんに飛び掛かった。とっさに神楽坂さんは左腕でガードするが野犬の牙は腕に噛み付いた。 「神楽坂さん!」 「犬くん。私は大丈夫。そこにいて」  駆け寄ろうとした僕の足は停止する。野犬は腕にしっかり噛み付いている。それでも神楽坂さんは痛がる様子はなかった。 「ね? 怖くないでしょ。良い子ね。もう大丈夫」  神楽坂さんは野犬の頭を撫でる。すると野犬は腕から外れた。あれだけ威嚇していた野犬が大人しくなったことに驚きだ。これが神楽坂さんの力なのだろうか。 「なるほど。そういうことか」 「どうしたんですか。神楽坂さん」 「この子は母親。後ろにいる子供を守ろうとしていたのよ」 「子供?」 「茂みの奥に何匹かの子犬が見えたから間違いないわよ」  なるほど。それで人間に対し、威嚇をしていたのか。真相が分かったところで神楽坂さんは僕の元に戻ってきた。 「神楽坂さん。腕、大丈夫ですか? 早く手当てをしないと」 「あぁ、それなら大丈夫よ。だって」  神楽坂さんは左の裾をめくって見せる。そこには生身の腕ではない。金属製の腕カバーを装着されていた。まるでロボットのアームのようだった。 「な、なんですか。それは」 「成田教授に貸してもらったの。ライオンに噛まれても平気な強度があるらしいわ」 「今日一日ずっとそんなもの付けていたんですか?」 「そうなの。強度は凄いんだけど、やたらと重いのが難点なのよね。腕だけじゃなくてスネや腹部にも付けているから倍重くて大変」  そういえば今日の神楽坂さんは息を切らしているように見えたが、そのせいだったのかと納得である。 「外さないんですか?」 「今日の調査が終わるまでは付けておく。まだ必要な調査は残っているから」 「神楽坂さん。僕、思ったんですけど、この野犬たちは勘違いをしているんじゃないでしょうか」 「勘違い?」 「はい。元々はどの犬も飼い犬だったはずです。それが人間の都合で無理やり捨てられて行く場所もなくここにいるしかなくなった。裏切られたことが大きくて人間に警戒するようになったけど、皆が皆悪い人じゃないってことを分からせてあげたら変わってくると思いませんか?」 「犬くん。一つ聞くけど、良い人と分からせたところでどうするの? 全部引き取って飼ってくれるの?」 「それは無理ですけど」 「この子たちは居場所がない。でもここにいると人間が迷惑する。人間の都合で捨てられて人間の都合で邪魔にされる。それが運命」 「でも、それじゃあんまりです。犬が可哀想ですよ」 「いーい。犬くん。私たちに出来ることは限りなく少ない。出来ることとしたらこれ以上不幸な犬を増やさないこと。だから犬を捨てる犯人を突き止める」 「はい。そうですね」  でも、犯人を突き止めたところでこの野犬たちはどうなるのだろうか。その先のことは考えたくても考えたくなかった。それは多分、神楽坂さんも同じだろう。  その日の夜十一時。僕と神楽坂さんは公園の近くに車を停車させて無言のまま一点を見つめる。僕たちに無駄な会話は必要ない。来るかどうかも分からない者をただ待つだけの無意味な時間だ。それでもじっと二時間くらい待っていた。 「犬くん。誰か来たわ」  公園の付近を一台のバンが停車した。すると、一人の男が降りて荷台から大きな袋を担いで公園の中に入っていく。 「犬くん。行くわよ」 「はい」  僕たちも車から降りて男の後を追う。  男は中央まで来たところで大きな袋を降ろし、中身を開ける。  すると、子犬五、六匹が出てきて蹴飛ばしながら公園の奥に追いやった。 「あなたが犯人ね。捨て犬の常習犯さん」  神楽坂さんに話しかけられた男は慌てたように振り向く。 「野犬被害は多く出て地元では問題になっています。初めから不思議だったんです。どの野犬も種類が同じことに。同じ種類の犬が公園に集まっている理由としては繁殖によるもの。あなたは増えた犬を定期的にこの公園に捨てていたのよ。そしてその捨てられた犬もまたこの公園で繁殖する。結果、野犬被害が深刻する事態になったという訳です。どうなんですか。犯人さん」 「くそ」 「逃げても無駄ですよ。車の写真は撮りましたのですぐに特定できます」 「ちっ。だが、お前は警官じゃないならこっちのものだ。その写真は削除させてもらうぞ」  男は神楽坂さんに向かって襲いかかった。僕が助けに入ろうとした時だった。 「はぁ!」  神楽坂さんは腕を使って男を地面に叩きつけた。先程の腕カバーが威力を発揮する。 「僕も援護します」  二人の力でなんとか犯人確保に繋ぐことができた。 「あなたに動物を飼う資格はありません」  野犬騒動は解決することが出来た。  あとで知った話だが、犯人の男は大型犬の飼育により磨きをあげており、ドッググランプリにも出場する実力者だという。犬の筋肉、骨格、表情、芸などを競う大会だ。犬の頂点に立った犯人の裏側はより強い個体を繁殖させ、条件に合わない個体は捨てることを繰り返していたという。ドッググランプリの名誉を得る為に起こった野犬被害は飼い主の身勝手なエゴだった。許されない行為に世間から批判の声が集まった。  犯人逮捕から捨てられた犬は街からいなくなったらしいが、どうなったか分からない。おそらく多くの犬は殺処分されたに違いない。それは僕も神楽坂さんもどうすることも出来ない。ただ、黙祷することしかできないんだ。 「神楽坂さん。お腹空きませんか?」 「あら、もう餌の時間だったかしら。ごめんね。気付かなくて」 「あの、僕は人間ですけど」  さり気なく食事に誘ったつもりだったが、いつものノリであしらわれてしまった。やはり神楽坂さんを食事に誘うことは無謀だったのかと諦めかけていた。 「そういえばお腹空いたわね。もう日付も変わったことだし、手早く牛丼屋に行きましょうか」 「え? 良いんですか?」 「勿論割り勘ね。私、奢ったり奢られたりするって嫌いだから」 「はい。勿論です」  神楽坂さんと初めての外食に胸を踊らされる。まるでデートのように。 「犬くん。早食いはダメよ」 「だから僕は犬じゃありません」 「そんなこと言われなくても分かっているわよ」  僕と神楽坂さんの間ではそのようなノリというかコントがある。それは誰かに見せるものではなく二人が楽しむものだ。それはこれまでもこれからも続きそうである。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加