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a declaration of war ~2020Japan~
内ポケットで震えるスマートフォンが、妻からの着信を告げていた。本山は、受話器のマークをタップしながら、反射的に腕時計を確認する。八時四十五分、始業時間には余裕があった。
エレベーターフロアからUターンして、喫煙所に向かう廊下で電話に出る。
「おはよう。どうかしたのか?」
妻の裕子は、子供の冬休みを利用し、数日前から新潟の実家に行っていた。今日の午後には帰宅するはずだ。
「それがね、架線に飛来物だとかで、まだ電車が動いていないのよ。帰りが少し遅くなるかもしれない」
「構わないよ。それより、里沙は大丈夫か?」
一人娘の里沙はまだ保育園の年長で、飽きっぽいからぐずっているかもしれない。
「平気みたい。おじいちゃんから貰った絵本を大人しく見てるわ。里沙と替わる?」
「いや、大人しくしているならいいよ。東京駅に着いたらLINEして」
電話を切ると、自販機で缶コーヒーを買い、マルボロに火を点けた。
裕子達が乗る電車は、有名なデザイナーが内外装をデザインした豪華な客室や食堂車を連結した特別列車、『風雅』だった。来春からの正式運行を目指し、月に二往復、東京~新潟間を約六時間かけて試験運行している。
食堂車には一流ホテルのシェフやソムリエが交代で乗り込み、運行毎に違う料理や飲み物を提供するほか、客室乗務員全員も同じホテルで研修を受けていた。
試験運行当初は中々乗車券が買えずプラチナチケット化していたが、運行本数が増えるにつれて買いやすくなっている。
裕子と里沙の二人分で、片道約二十万円と高額だったが、本山は単身赴任が多く家族サービスを殆どしていないため、罪滅ぼしのつもりで支払った。
裕子は、休みが取れるなら一緒に行こうよと誘ってくれたが、二名のボックス席しか取れなかったことを理由に断った。義父に会いたくないとは言いにくい。
外務省の外郭団体に所属する本山は、小さな商社を隠れ蓑に、海外でグレーゾーンの仕事をしている。アフリカや中南米、東南アジアの発展途上国に日本の企業が進出する際、現地の政府や住民の反発にあわないよう、事前工作を行ってきた。最も、事前工作という言い方は、仕事内容を考えるとかなり上品な表現だろう。
本山がタバコを止めない理由も、この仕事にあった。国や地域によっては、マルボロは通貨代わりに使えるし、賄賂としても有効だった。
一年前にロウドから帰国した本山は、特殊法人に出向という形で、次の出張先である東南アジア某国のデータ収集をしている。
エアコンがヤニ臭い空気を攪拌する喫煙所で、缶コーヒーを飲みながら二本目のマルボロに火を点けた時、再びスマートフォンが振動した。覚えの無い番号が表示される。
「はい」
用心して名乗らずに出た。
「モトヤマさーん、久しぶり」
明るく、フレンドリーな声。
赤茶けた風が舞う乾季と、乾いた大地が泥濘に一変する雨季。貧しくても逞しく生きる人々が、全身から出血して次々と倒れていく地獄絵図。血塗られたアフリカの記憶がよみがえる。
心臓が凍りつき、スマートフォンが滑り落ちた。
呆然とする本山の足元に転がったスマートフォンからは、死者が呼びかけ続けていた。
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