1.豪傑ストロンガール

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1.豪傑ストロンガール

 古びて酸化した潤滑オイルの悪臭が辺りに充満している。そして幾つものエンジン音が不快なノイズとなって耳に触る。  荒廃した広い工場建屋は、今となっては暴走族の溜まり場と化していた。  拉致されてからどのくらい経つのだろう?   現在の正確な時刻も分からないまま、時がいたずらに過ぎていく。  目隠しを外されてから初めて目にした光景は、暗闇が支配していた。そんな暗闇の世界の中、十数台の大型バイクのヘッドライトが眩い光を照らしていた。  「何で拉致られたかは分かるよな?」と短髪の大柄の男がそう尋ねてきた。  桜庭(さくらば)エイジ。巷で最も悪名高い暴走族「喝破團(かっぱだん)」の総長。  桜庭を含め、後に従えているメンバー全員が軍隊のようなモスグリーンの迷彩服に身を包んでいる。  周りを取り囲んでいるのは、殺気漂う喝破團の精鋭部隊。  杉原ミチルは両腕を後ろ手に縛られた状態で、両膝をつきながら地面に額を擦り付けている。  恐怖に震え上がるあまり、思わず失禁してしまった。  「か、勘弁してください。桜庭さん、お金でも何でも差し上げますから、どうか命だけは……」  ミチルは上を見上げながら必死に桜庭の顔色をうかがった。  「ああ? 寝言か?」と桜庭はミチルの髪の毛を力任せに掴んできた。頭頂部に激痛が走る。ミチルはその激痛のあまり思わず喘いでしまった。  「お前の教育がなってねえから、お前が仕込んだ女が客の前から逃げたんだろうがよ。落とし前付けろこのクソガキ」  桜庭はすぐ間近の距離でミチルの顔を覗き込んできた。  今思えば、男を上げるために喝破團に入ろうと思ったこと自体が間違いだった。  浅はかな考えで妹マリエのクラスメイトの女を脅し、客の男との援助交際の手引きをしようとした。  しかし女には逃げられ、桜庭エイジという巷では人殺しとも噂される男に、今まさに殺されようとしている。  慣れないことはするもんじゃなかった。今は後悔しかない。  ミチルはなぜだか悲しくなってしまい、ついには号泣してしまった。  「仕事はできねえし、ションベンちびるわ泣き喚くわで、お前全然使えねえな。もういいよ……」  桜庭は深いため息を吐いた。そして、おい、と後ろに控えている男たちに顎で合図した。  すると二人の男たちが出てきて、一人が栄養ドリンクの空き瓶を桜庭に手渡した。  そしてミチルはその二人の男たちにより、背中を地面に強く押さえつけられた。ミチルは必死に抵抗するが全く歯が立たない。  桜庭はおもむろに手に持った栄養ドリンクの空き瓶をミチルの口元に当てた。そして「咥えろ」と言わんばかりに、ミチルの口の中へと強引に押し込もうとする。  「嫌だ! 桜庭さん! お願いだ!」  ミチルは必死に懇願したが、二人の男たちが無理矢理にミチルの口をこじ開けた。  桜庭はゆっくりと栄養ドリンクの空き瓶をミチルの口の中へとねじ込んできた。  ミチルは必死に泣き叫んだ。しかしミチルの泣き叫ぶ声だけが虚しくも辺りに反響する。  桜庭は自らの右足の靴底をミチルの後頭部に軽く押し当てた。  ミチルは必死に泣き叫ぶ。  「おやすみ、ベイビー」  桜庭は静かにそう告げた。そして自らの右足を膝の高さまで上げた。絶望の中、ミチルは涙ながらに全てを諦めて目を瞑った。  次の瞬間、ガラスの砕け散る音が辺りに反響した。  「何だ?」  桜庭は周囲を見回し始めた。ミチルもまた空き瓶を口に咥えたまま周囲を見回した。  「お前らが喝破團言うんか?」と女の声。  声のする方を見ると、一台のバイクのヘッドライトが破壊されている。そしてそのバイクに乗っていたはずのメンバーが地面に倒れている。  そのすぐ横には一人の少女が立っていた。そしてその少女はゆっくりと桜庭の方へと歩み寄ってきた。  ヘッドライトの光に照らされた少女は、褐色の肌に金色の長い髪を後ろで一つに纏め、デニム地のパンツに黒いパーカーという格好をしている。  一見して普通のどこにでもいるような少女だ。  しかし一つだけ違和感がある。少女の右手には長さ一メートルほどの鉄パイプが握られている。  「おやおや、こんな時間に女の子が一人で出歩いてて良いのかな?」と桜庭は少女を見て笑った。それにつられ周りの男たちも笑った。  「お兄さんたちが遊んであげようか?」と桜庭が笑いながらからかうと、「ああ? しょうもない……誰が遊ぶか。お前らみたいなモンは、みんなで仲良く川で遊んどけ」と少女はそう吐き捨てた。  「舐めてんのか! このクソアマ!」  桜庭の雄叫びのような怒鳴り声が辺りに反響した。するとそれを合図に、周りにいた男たちが一斉に少女へと飛びかかって行った。  「気合と根性、そして義理人情や!」  その時少女は、不敵な笑みを浮かべていた。
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