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「あれを珠月が俺に許すのは……彼女が俺を愛してくれていて、それを表現してくれているからだ。」
そんなものが愛だとは認めたくはないけれど、もう春岡には圭一郎に逆らうような気力は残されていなかった。
鳥籠、と言った圭一郎の表現は間違っていないと思う。
閉鎖された中で二人きりで、二人にしか分からない世界にいるのだ。
そして、おそらくそこから逃れることを珠月は望んでいない。
確かに先ほど、圭一郎が言った通りで、『鳥籠の中が不幸せだと誰が決めたのか』
珠月にとってはその鳥籠の中にいることは不幸なことではないのだろう。
「君が言えることは一言だけだ。」
打ちのめされたような気分でいた春岡に、いっそ優しいくらいの口調で、その耳元に圭一郎は囁く。
「お幸せに、だよ。」
圭一郎が踵を返す、靴と地面の擦れあう音を聞いて、ピピッと車のキーが開き、ドアが開けられ、エンジンをかけて立ち去るまで、春岡は動くことができなかった。
深い闇を見た気がした。
そして、確信する。
こうやって、春岡を打ちのめすために、わざと圭一郎は隙を与えていた。
ロックが外れて、声が漏れていれば、つい覗いてしまうと、分かっていてやったのだ。
お前など、お前の気持ちなどは足下にも及ばないと見せつける、ただそれだけのために。
珠月と2人の世界を構築するためならば、圭一郎は手段は選ばないのだ、と打ちのめされたように、春岡はその場に立ち尽くすだけだった。
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