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思わずぷぅ、と膨れた僕のほっぺをつついて、マダムがしみじみ言った。
「静夜君ったら……愛されちゃってるわね~~?
コレって、静夜君を手酷く抱いちゃったお詫びかな?
そう言えば、コスタさま。
帰り際に静夜君が欲しいから、メーヌリスを辞めて、自分専属の雇用契約を結んで欲しいとも言ってたわね?」
どうする?
メーヌリス辞めて、コスタさまの所に行く?
なんて!
答えを知ってるくせに、突っつくマダムはとても意地悪だ。
僕が、ルアから離れられないのを知ってるくせに!
ブルーノの所へ行ったらきっと。
ヒトの都合なんて全く聞かず、僕を屋敷から外に出さず、誰にも会わせてくれないまま。
まるで溺れるように執着し、好きだの愛してるだの、甘ったるい言葉をつぶやきながら、ずっと僕を抱き続けるに違いない。
そして、ルアの方は。
例えブルーノの所へ行くことが永遠の別れになるって判っても「そか、ばいばい。元気でね」って簡単に手を離すだろう。
だから、恋人にしてくれなくちゃ、行っちゃうよ? みたいな脅しにも使えない。
もう!
ブルーノって、何にも役に立たない、ひたすらウザいだけのヤツでしかないじゃないか!
ぷんぷんと頬を膨らませ、そうマダムと話していれば、自分には関係ない話が始まって飽きたらしい。
今まで黙っていたアルが、軽く肩をすくめると、黒コートの襟を立てて身を翻した。
ふわり、と僕の大好きな尻尾と、コートの端がキレイに舞う。
「じゃあ、静夜。
確かに、届けモノは渡したぞ」
やれやれ、今日中に贈れって言う依頼だったからな。
これで静夜の家まで訪ねて行かずに済んだ、なんて。
ぶつぶつと口の中でつぶやいて、出て行こうとする彼の尻尾を僕は、ぐぃ、と掴んだ。
「待って!」
「……勝手に、俺の尻尾を掴むんじゃない」
部屋を出て行こうとするところを、変な方法で引きとめられて、とても嫌だったに違いない。
無表情だった目が、怒ってちょっと三角になったように見えたのが面白い……じゃなくて。
僕は、出来る限り、真面目な声を出した。
「えっ……ええと、もし、僕が先に帰っていたら、アルはブルーノの荷物を僕の家まで運んでくれる、ハズだったんでしょう?」
「そうだが、なんだ?」
「悪いけど『僕ごと』その荷物をウチに運び直して欲しいんだけど、いいかな?」
今日は、散々抱かれて、タクシー乗り場に行くにも辛いのに、この荷物が追加されてしまったら、絶対歩けない。
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