織 21歳 5月

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「本当はさ…」  あたしが贖罪の念を口に出せないままうつむいてると、センが話し始めた。 「できることなら、一生織にも、この子にも会いたくないって思ってた」 「……」 「でも、それは単なる強がりで…いつだって、二人の事考えてたんだ」 「セン…」 「幸せなんだな…良かった」 「あたし…」 「いいんだ。陸にも言われたよ。おまえが立ち止まったままなのは、現実を見てないからなんだって」 「陸が?」 「俺って、ひどい奴。俺と一緒にならなかったからー…織はちょっとばかり不幸になってるかも、なんて考えたりもしたし」 「……」 「でも、良かった。これは本心だよ」  センは、海を優しく抱きしめて。 「子供って、こんな感じなんだ…」  って、つぶやいた。 「俺の親父はさ、俺を一度も抱きしめたことがないんだ」 「アメリカにいらっしゃるお父様?」 「ああ。だから…悔いが残ってるんだと思う。それを思うと俺は幸せだな」  …あたしは、センをお父様と同じ境遇にしてしまった。  セン…  …そして、海。  ごめんなさい… 「セン」 「ん?」 「素敵な出会いが…あるといいね」  あたしには…それを祈る事しか出来ない。 「…織に言われると辛いけど…そろそろいいよな。そういうことがあっても」  って、センは笑った。  海を抱えたまま、石のベンチに座るセン。  その姿を見ると…本当に、あの日を思い出す。  …相変わらず、清潔感溢れる白いシャツ。  長い黒髪。  銀縁の丸い眼鏡…  何も変わらない。  変わったとしたら…  今、その腕の中に海がいて…  まぎれもなく、二人は親子なのに…  …あたしの勝手で、親子ではない…ということ…。 「今、強いらしいじゃん」 「…何、それ」 「陸が言ってたよ。おまえなんか一投げだぜって」 「失礼ね、陸ったら…」  泣きたい気持ちを堪える。  あたしに…泣く資格なんてない。  あたしは…センにも海にも…そして、環にも。  色んな物を背負わせた事になる。 「旦那さんになる人は強い?」 「…うん」 「男から見ても惚れちゃいそうないい男だったもんな」  あたしは、センを見て小さく笑う。 「なっ、何だよ、変な意味じゃないぜ?」 「うん、わかってるけど…センも変わったなと思って」 「俺?」 「うん…前は僕って言ってたし…言葉の節々も全然…」  ううん…  本当は、変わってない。  優しい眼差し…  優しい口調…  …あの頃のまま、優しいセンだよ。 「そういうのは、もろ陸の影響。自分でも感じてるよ。前は一人でいても正座なんてしてたのにさ、常にあぐらだし、冷蔵庫にはビールだし」 「陸のこと…怒ってない?」 「どうして」 「殴られたでしょ?」 「ああ、そんなこともあったかな…今はさ、驚くかもしれないけど親友だと思ってる。とは言っても、あいつはどう思ってるかわかんないけど」 「……」 「しょっちゅう飲みにつれてかれるし、今バイトも一緒にやってんだ」 「本当?全然知らなかった。陸ったら…なんで黙ってるんだろ」 「バツが悪いんじゃないかな…あ、寝ちゃったよ」  センが海の顔をのぞきこむ。 「…織にそっくりだな」 「よく言われる」 「…可愛いな…」 「……」  そのセンのつぶやきに、唇が震えた。  …ごめんなさい…  本当に…ごめん…  あたしは涙を誤魔化すために、桜を見上げた。  青い空と薄桃のコントラスト。  あたし達は…ここで、恋人同士として並んでいた事もあるのに。  …セン。  あなたの事…  好きになって、ごめんね…。  しばらく黙って桜を見てると、高台の方から環が歩いて来た。 「俺…そろそろスタジオ行くから」 「…頑張ってね」  センは海を抱えたまま立ち上がると。 「…ありがとうございました」  そばまで来た環に、そう言って海を渡した。  …胸が詰まりそうになる。 「じゃ、またな」  センはギターをかつぐと、笑顔で手を挙げてくれた。  さよなら…  …セン。  センの姿が小さくなるまで、二人で見送ってると。 「前と感じが変わったな」  ふいに環がそう言って、あたしは環を見上げる。 「…昔のセンを知ってるの?」 「知ってるっていうか…見かけたぐらいのもんだけど。骨っぽくなったな。男が見ても惚れちゃいそうないい男だ」 「……」  あたしは少し黙った後、吹き出してしまった。 「別におかしい意味じゃないんだぜ?」 「さっき、センも環のこと、同じように言ったのよ」 「え?」  あたしたちは、顔を見合わせて笑う。 「またな、って言ってくれたな」 「うん…」 「良かったな」 「環はいやじゃないの?」 「何が」 「…ううん」  …環は大人だな。  あたしは、環の腕にしがみつく。  もしかしたら…環…  あの頃の事、全部知ってるのかな。  だから…こうやって… 「センに会わせてくれて、ありがと…」  しがみついた腕に寄りそう。 「坊っちゃんも、ずっと気にしてたからこれで安心だ」 「陸が?」 「ああ…おまえ、覚えてる?」 「何?」 「この下の道で、俺についてくんなって言ったの」  環が、意地悪そうな目付きで言った。 「あ…」  センに、出会った日だ… 「…根に持ってる?」  あたしが上目使いに問いかけると、環は。 「少しだけな」  って、あたしの額に口唇を落としたのよ…。  6th 完
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