織 20歳 7月

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「…アメリカ?」  見合い話から数日後。  突然、環のアメリカ勤務が決定した。 「…どうして環がアメリカなの?」  あたしが母さんに問いかけると。 「前々から環をよこしてくれって話はあったのよ。ずっと断わってたんだけど、今回は環が受けたから…」  母さんはため息まじりに答えた。  ここ数日…環は、全く姿を見せなかった。  あたしは自分の発言を悔やむばかりで… 「そのことでちょっと本部に行って来るから。ああ、今夜はみんな埠頭に向かってるから、あんたたち戸締りキチンとしなさいよ」  母さんは、あたしと陸にそう言って出かけてしまった。 「……」 「おまえさあ…」  海を抱えた陸が、ソファーにふんぞりかえったままで言った。 「…何」 「いいのかよ。環のこと、好きなんだろ?」 「……」 「行かないで、とか言えば?」 「だめだよ…あたしなんて…」 「どうして」 「環、片思いしてるって…」 「誰に」 「知らない」 「それってさ…」 「……」 「ま、いっか…」  陸は眠ってしまった海を優しく抱きかかえたまま立ち上がると。 「俺は海と寝るよ。おまえ、環んとこ行って話してみな」  って。 「え?」 「あいつ、アメリカ行きの準備してっから」 「……」  陸が二階に上がってしまって、あたしは立ちすくむ。  環と何を話すの?  行かないでなんて言えない…  でも…  あたしは、別宅に向かう。  環に、あたしの気持ちだけでも伝えよう。 「環」  部屋の前で名前を呼ぶと。 「お嬢さん…?」  静かに開いたドアの向こう、環が疲れたような顔をのぞかせた。 「少し、いい?」 「…はい」  環はあたしを部屋の中に入れて…ドアを閉めた。 「今日は何も言わなくても閉めるのね」 「……」  あたしの言葉に、環は苦笑い。 「荷物、まとめてたの?」  部屋の中を見渡して言うと。 「はい」  環は、お湯を沸かし始めた。 「よく降りますね」  おとといから降り始めた雨は、今日もやまないまま。  雨の音がなんとなくあたしの気持ちを追いつめる。 「何か、ヘンだね」  部屋の中を見渡して、できるだけ明るい声で言う。 「え?」 「何もなくなって…まるで、もう帰って来ないみたい」 「……」  何気ない言葉だったのに、環は黙ってしまった。  帰って来ないつもりなの…? 「すみません、お茶しかなくて」  環がお茶を差し出した。 「…ありがと」 「……」  環…あたしの顔を見ない。 「…どうして、行くの?」  あたしが問いかけると、環はうつむいてた顔を少しだけあげた。 「アメリカなんて、どうして?」 「ずっと、お声をかけていただいてたんで」 「今までは断わってたんでしょ?」 「ええ。でも、自分の力を試すにはちょうどいいと思って」 「ここじゃ、だめ?」 「そういうわけではないです」 「それとも…あたしが変なこと言ったから?」 「変なこと?」 「あたしのこと、好きか…なんて」  あたしは、うつむく。 「関係ありませんよ。それに、言ったでしょう。お嬢さんのことは、みんな大好きですって」 「それじゃ答えになってないよ」 「……」  うつむいたまま、問いかける。 「みんなの気持ちじゃなくて、環の気持ちを聞いてるの」 「私は…」  環は一瞬黙ったあと。 「…みんなと同じように、お嬢さんのことを大切に想ってます」  って言い切った。  みんなと同じように…  あたし、バカだ。  環にとって、あたしは「お嬢さん」でしかないって自分でもわかってるつもりなのに。  なのにこうやって、また環を困らせてる。 「向こうに行っても…誰かの護衛…するの?」  やっと出た言葉には、全然力なんて入ってなかった。 「それは行ってみないとわかりません」 「…イヤ」 「え?」 「あたし以外の人の護衛なんて…しないで…」 「お嬢さん…」  涙がポロポロこぼれ始めて、環が戸惑ってるのがわかる。  だけど、もう止まらない。  溢れ出してしまったあたしの気持ちは… 「…お嬢さん…?」  環が、言葉をつまらせた。  あたしが、シャツのボタンを外し始めたから。 「な…何してるんですか」 「お願い、一度だけでいいの」 「自分が何をしてるか、わかってるんですか?」  環が、あたしの腕をとる。 「わかってる。わかってる…あたし…」  涙が浮かんだ目で、環を見つめる。 「環が…」 「やめてください」  あたしの言葉を、環はさえぎってしまった。 「どうして?あたしは、環が…」 「とりかえしがつかなくなります」 「そんなの、つかなくってもいい。あたしは…」 「やめて下さい。どうか、このままお部屋にお戻り下さい」  そう言って、環はあたしの腕を持ったままドアを開けようとした。 「環が好き」 「……」  あたしの言葉に、環の動きが止まった。 「お願い…一度だけでいいの…」 「何を…何を言ってるんですか…」 「…そしたら…もう、言わないから。環の事…忘れるから…」 「…私は、組長や姐さんを裏切れません」 「お願い…あたしの気持ちを…拒まないで…」 「……」 「お願い…環…。あなたが好きなの…」  環は少しためらったあと、あたしの涙をぬぐって。 「…お嬢さん…」  あたしを、きつく抱きしめた…。
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