織 15歳 5月

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「おかえりなさいまし!!」 「……」  スーツをビシッと着た男の人達が一斉に並んだ光景に、あたしと陸は絶句するしかなかった。  今日、あれから…山崎(やまざき)加納(かのう)(ひがし)っていう三人の男の人達が、あたしと陸に言った。 「私たちは、お二人のご両親の元で働かせて頂いている者です」  その言葉に耳を疑った。 「…あたし達、親はいないけど」 「そういう事になっていました」 「そういう事って…」 「お嬢さん」 「おじょ…」  お嬢さんって、あたし?  陸と顔を見合わせる。 「とにかく、一緒に来て下さい」 「……」  そうして、あれよあれよと言う間に車に乗せられて…飛行機に乗せられて…また車に…  今朝、あたしは学校に行ってたのに。  全部が嘘みたい。 「織…」 「ん?」 「……」  陸が無言で前方を指さす。  その指先を目で追うと… 「…二階堂組…」  大きな、看板。  陸と顔見合わせて小さくつぶやく。 「まさか…ヤクザ?」  お嬢さん……って…  だまされたーっ!! 「こちらです」  山崎さんに連れられて、大きな玄関から和風のながーい廊下を歩く。  …すごー…い。  敷地の広いこと広いこと…  外はぐるりと高い塀で囲まれてるし…  何だろ、ここ。 「こちらでお待ち下さい」  通された部屋は、ざっと五十畳はあろうかと思うような大広間。  その上座にあたし達は座らされた。  身動きが取れなくて、そのまま待ってると… 「うっ…」  ぞろぞろと黒服が入ってきた!!  そして、口ひげはやしたおじさんが。 「はじめまして、甲斐正義と申します」  って、あたし達の前に正座して三つ指をたてた。 「甲斐正義!?」  あたしと陸は同時に叫んだ。  だって… 「うちの名義の人!?」 「は、御記憶くださり光栄です」  甲斐さんは、くるりと向きを変えて。 「こちらが、二階堂 陸どの。そして、こちらが織どの。これからの二階堂に不可欠なお二人だ!!」  一斉に、うぉーって歓声と拍手。  …って、ちょっとちょっと… 「お二人とも、ご挨拶をお願いします」 「挨拶って言われても…」  陸、むっとした顔。  そりゃそうだ。  何の説明もないまま、いきなりそんな事言われても。 「お二人とも、ここには欠かす事のできない人なのです。ですから、一言…」 「断る」  あたしは立ち上がった。 「お…おい、織」 「今日よ?今日まで親は死んだものだと思ってたのによ?なのに突然親は生きてます?全然知らない所へ連れてこられて、そのうえ欠かす事ができない人間って言われても、何が何だか全然分かんない」 「織」 「あたしは今までの生活に不満はなかった。それでもここに来たのは、ただ連れて来られたからだけじゃない。何か自分について知る事ができるかもって思ったから。だけど何の説明もないわけ?」 「お嬢さん、それはまたあとでゆっくり…」  山崎さんが横から声をかけたけど。 「あたしは、こんな状態じゃ親には会わない」  きっぱり言ってのけた。  会えるわけないじゃない。  こんな…  二階堂組って何よ――!!  しばらく沈黙が続いて。 「そうですね。織の言う通りです」  ふいに、廊下から声が聞こえた。 「あっ…姐さん…」  一斉に部屋中がざわめいて、みんな廊下に頭を下げる。  あたしの位置からは、障子で見えない。 「織、あなたの言う通り。無理にあなた達をここに呼んでしまって…ごめんなさい」  これが…母親の声…? 「あなたがうちの事を把握して、私達を受け入れる気持ちになるまで、私達はあなたに会わないわ」 「じゃ、帰っていいのね?」 「それは駄目よ」 「どうして…」 「さっき甲斐が言った通り、あなたと陸はうちに必要な存在なの」 「……」 「そういうことで…じゃ、私は帰ります」 「お疲れさまでした!!」  母親と名乗る人が帰って行って。 「…帰るって…?」  あたしは甲斐さんに問いかける。 「姐さんは、ここから車で10分ほどの場所にお住まいです」 「ふうん…」  こんな大きな屋敷があるのに。  金持ちって、無駄遣いするんだな…  金持ち…って……ヤクザって金持ちなのかな。  …クスリとか… 「…きれいな声だった…」  ふいに、陸がうつろな声で言った。 「…何よ、会いたかった?」 「…分かんね。分かんねーけど…あれが俺を生んだ人の声かと思ったら…」 「……」 「甲斐さん、俺、母さんに会いたいです」 「陸!!」 「うるさい。おまえはいつまでも拗ねてろ」 「ひ…」  ひっどー!! 「もういい!!あたし寝る!!」  頭に来た!! 「あ、お嬢さん!!」  廊下をずんずん歩くけど… 「部屋はどこよ!?」  広すぎて、どこへ行っていいやら。 「こちらです」  何歳ぐらいだろ。  優しそうなお兄さん。  笑顔であたしを誘導してくれた。 「へぇ…こっちは洋風なんだ…」 「こちら、今年お二人のために新築いたしました」 「…あたし達のために?」 「はい」 「あたし達二人のために、こんな二階建て?」 「はい…お気に召しませんか?」  そのお兄さん、眉間にしわ。  あたしも、眉間にしわ。  普通の感覚じゃあないーっ!!  どこのどいつが、会ったこともない子供のために、二階建てをポーンと建てるかっ!! 「お兄さんは家から通ってくるの?」 「いいえ?先程集まった和館の向こうに別宅がありまして、若い衆の寮みたいになってます。甲斐さんは、大きなお屋敷をお持ちですけど」 「えーと…敬語やめてくれない?」 「そうはいきません」 「……」 「ここがお嬢さんのお部屋です」  お兄さんが開けてくれたドアの向こうは、明るくて広い洋間。  新しそうなベッドや家具が揃えてある。  …もったいないぐらい綺麗だよ… 「私は高津万里(たかつまり)です。よろしくお願いします」 「…まり?」 「はい。女性のような名前ですが、れっきとした健康男子です」  ニッコリ。 「では、失礼致します」  そう言って、お兄さんはドアを閉めた。 「…はー…」  とりあえず、ベッドに横になる。  突然、夢のように。  いろんな事がありすぎた。  ――親が生きてる。  本当は、嬉しいんだと思う。  でも… 「あー…ねむ…」  面倒臭い。  今日はもう寝よう。  …ぐー…
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