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「命名、空」
万里君の引いた名前は、またもや父さんの考えたもので。
当然、父さんは満面の笑み。
「あーあ、またぁ?母さん、絶対綾香がよかったのに」
母さんは、なんだかんだ言って喜んでくれてる。
「空か。陸と海と空って、なんか俺の弟妹みてえじゃねえか」
陸が、空の顔をのぞきこんだ。
「本当にね」
「おまえが海になってたら、海が空かな」
「そしたら空は?」
あたしが父さんに問いかけると。
「星だ」
父さんは威張って答えたんだけど。
「俺の子供には、命名式やめてくれよな」
って、陸が真顔で言って、部屋の中は大爆笑となった。
「で、肝心の二人はどうなんだ?この見合いは」
父さんがあたしと環にそう言って、あたしたちは顔を見合わせる。
「はあ…」
環がガラにもなく照れるもんだから、みんなはからかいたい放題。
「このやろっ」
「いつの間に」
「いててて…」
そうこうしてると、母さんが環に近付いて。
「環、織をお願いね」
って、三つ指をたてた。
「そんな、姐さん。頭をあげて下さい」
「ふつつかな娘ですけど。」
「いいえ、とんでもない。お嬢さんは立派な方です。私の方こそ…」
「じゃ、お願いしていいのね?」
「私でいいんでしょうか」
「何言ってんだ、子供も産まれてるってのに」
陸の一言で、何だか場がくだけてしまった。
それでも、環は真顔で。
「よろしくお願いします」
って、父さんと母さんに頭を下げた。
…胸がいっぱい…
「やったな、環」
「おめでとう」
みんなが祝福の言葉を環にかけてくれて。
環は今まで見たこともないくらい、幸せそうな顔で笑ってくれた。
だけど、その後…
「みんなに話しがある」
突然、父さんが真顔で切り出した。
「…何?」
ただならぬ空気に、みんなそれぞれ正座をして…父さんを見た。
「環をこっちに戻す事にした」
「え…っ、組長、私はまだ向こ」
「環」
父さんは環の言葉を遮って。
「ここは、おまえと織に任せる」
強い目で…言った。
「…ここは…って…どういう事?任せるって…」
あたしが問いかけると、父さんは…
「今、二階堂は再生の時期に入っている」
みんなに語り掛けるように…話し始めた。
「二階堂は、古くから世襲制で成り立って来た。だが…知っての通り、アメリカとドイツで私の叔父達が死んでからは…向こうの組織の軸が立っていない」
「……」
みんな…真剣に父さんの話を聞き入ってる。
話が分からないであろう…海でさえ、陸の膝で…黙ってる。
「私達はアメリカを拠点とする。そして、ここを環と織で。ドイツは異例だが…甲斐に任せようと思う」
一瞬、ざわめきが起きた。
だけど父さんは続けて。
「私は、二階堂の古い体制を変えたいと思っている」
大きな声で言った。
「秘密組織としてではなく、さらには世襲制は核として残したとしても…若い人材がどの国の現場でも自由に立ち振る舞いが出来、二階堂の全ての者がどれだけ優秀であるかを表立って世界に誇れる環境…」
「……」
「今でも十分だが、お前達は、もっと世界で動ける人間だ。そのステージを、私が用意する」
みんな…言葉が出なかった。
二階堂はヤクザを装った秘密組織で…
その仕事は、本当に…『影』だ。
事件を解決しても、二階堂の手柄として報告はされない。
だけど、『影』として教育されて来た二階堂の人間は、それを不思議とも不満とも取らない…
…でも。
あたしは、小さな頃から二階堂織だけど、『二階堂』の人間じゃなかった。
そんなあたしには、分かる。
父さんの言いたい事。
…分かるよ。
「…やっぱ俺も二階堂継ぐべきなのかな…って思わされた」
命名式と宴が終わって。
リビングで、陸がつぶやいた。
「あんたは好きな事してればいいのよ」
あたしの言葉に、陸は納得のいかない顔。
…たぶん、ドイツの件が気になったんだろうな…
甲斐さんが受け持つって事。
自分が行けば…って。
「…坊ちゃん」
ふいに、環がコーヒーカップを手にして言った。
「坊ちゃんが夢を追う事は、二階堂の変化にも繋がります」
「……」
「どうか、その夢を実現させて下さい」
陸は伏し目がちに、環の言葉を噛みしめるように何度か瞬きをして。
「…俺達…何をするにしても…自分の勝手にはならねー…って事だよな」
小さな声で言った。
環と結婚する。
あたしは…それだけで幸せな気分になってたけど…
環に二階堂のトップを背負わせてしまうんだ。
…環は…プレッシャーじゃないのかな…
あたしがキッチンで悶々としてると。
「私達は、組長の志しを尊重して、これからも二階堂に尽力します」
環がキッパリと言った。
「…まさか、織と結婚するのもそのためだとか言うなよ?」
顔を上げた陸が環に言うと。
「まっまさか!!そのような事は決して…」
「…環…」
「お…お嬢さんまで!!」
「お嬢さん…」
「あああああ…違う…えー…と…」
「…はいはい。邪魔者は消えるから、二人で仲良くしてくれ」
陸が立ち上がって二階に上がる。
狼狽えてた環は陸の背中を見届けた後、ゆっくりとあたしの隣に来て…
「…もちろん…二階堂のために働きたいって気持ちは強いけど…」
「…けど?」
「…織を守るために、そうしたい気持ちは…それ以上あるから」
あたしの頬に触れた。
「……」
「疑ってる?」
「…キスしてくれたら信じる」
上目使いにそう言ってみると。
意外にも環は赤くなって。
「…では…」
なんて言いながら…
優しいキスをしてくれた。
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