織 15歳 5月

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織 15歳 5月

「あっつ…」  外から、早すぎるでしょ。と思わせる蝉の声。  じっとしてるのに汗が出て来る。  暑い!!  五月なのに、真夏なみ!!  このまま夏になったら、それこそ裸で通学しなきゃだよー!! 「う~…」  眉間にしわを寄せたまま、下じきでパタパタと扇いでると。 「少し早いですけど…」  先週から来てる教育実習生が、時計をちらっと見て頭をさげた。 「やりっ、終わり?先生」  教室のあちこちが、急ににぎわう。 「きりーつ、れいっ」  忙しく号令がかかって、クラブに行く連中が部室に向かうのを眺めてると。 「あー、クラブのある人達って忙しーい」  (まい)が、巾着袋を振り回しながらやって来た。 「その点、帰宅部のあたし達は優雅よね。(しき)ちゃん」 「まーねー…でも暑くて帰るのもやだー…」  バタン。と、机に突っ伏す。  ほんと…暑いの苦手。  あ、でも寒いのも嫌いだ。 「織ちゃん、髪の毛梳かしていい?」 「うん」  前の席に座った舞は巾着袋から櫛を取り出して、ゆっくりとあたしの髪の毛を梳かし始めた。  ああ…眠くなっちゃうなあ。  舞は時々こうやって、あたしの髪の毛を梳かしてくれる。  世話好きな親友。  商店街にある反物屋「岡本本店」の一人娘。  いつも持ってる巾着袋には、女の子に必要な七つ道具が入ってる。  ハキハキしてて明るくて、時々ドジな所が憎めない。  成績はあまり良くないけど、『女に学は必要ない』が座右の銘?らしい。 「あ、(りく)ちゃんだ」  言われてグラウンドに目をやると、あたしと双子で弟の陸がそこにいた。  舞が陸とあたしを見比べて、小さく笑う。 「何?」 「ほんっと、よく似てるよね。陸ちゃんの髪の毛が長かったら、絶対間違えちゃう」 「見た目は、ね?舞だって、陸が学校一歩出たら別人になるのは知ってるでしょ?」 「学年一優秀な陸ちゃんが、この辺占めてるの知ったら…先生達、泡吹いちゃうね」  ―陸は。  常にトップの成績、スポーツ万能、そのうえ愛想のいい奴で、めちゃくちゃ先生達に可愛がられてる。  でも、大人は知らない。一時期…陸が荒れてた事。    正体の分からない憤り。つまり…反抗期ってやつだったのかな。  あたしにはそんなもの来なかったけど、陸は学校を出ると常に不機嫌で。  家にもろくに帰らないで、一晩中あちこちでケンカしたり…  本当、あの頃はシャツに血を着けてない日はないぐらいだったなあ…  自分のじゃなく、他人の、血。  あたしがいくら口やかましく言った所で、陸は聞く耳を持たなかった。  それでも学校は休まなかったし、校内ではおとなしくしてたから…まあ、あたしもそれ以上は口出ししなかった。  今は、どこで出会ったのか…ギターという趣味を持ったおかげで、すごく落ち着いた陸。  健全過ぎて笑っちゃうけど、ケンカで誰かを傷付けたり、陸が傷付いたりするのは嫌だから…安心だ。 「舞ちゃん、二階堂(にかいどう)さん、バイバーイ」 「あっ、バイバーイ」  廊下から声を掛けられて、舞が元気な声と共に手を振る。  あたしは机に突っ伏したまま、小さく手を振った。 「なんで『二階堂さん』なんて呼ぶのかな。『織ちゃん』でいいのにね」 「仕方ないんじゃない?あたし、みんなと話さないし」 「もー、織ちゃんももっとクラスに打ち解けようよー」 「んー…苦手だなあ…」  あたしは―  陸とは違って自分から人に打ち解けることもしないし。  親友は舞だけ。  家族は陸と二人きり。  物心ついた時、すでに親はいなかった。 「織ちゃんから声掛けないと、みんなからは気が引けちゃうんだよ」 「どうして」 「だって、織ちゃん綺麗だもん。モデルみたいって後輩も言ってたよ」  あたしと陸はクォーター。  親の事は何も知らないけど、近所のおばさんが『お母さんはハーフでモデルだったのよ』って教えてくれた。  茶色い髪の毛は母親譲りらしい。  その髪の毛のせいで、目立ってしまうのだけど。  「あー、ダメだ。気持ち良くて寝ちゃいそう」  あたしが髪の毛を梳かしてる舞の手を取って言うと。 「あーん。織ちゃんの髪の毛梳かすの楽しいのにー」  舞は唇を尖らせながら『また明日ね』とつぶやきながら、巾着に櫛をおさめた。  そこでようやくチャイムが鳴った。  そろそろ帰ろうかと立ち上がると… 「織」  グラウンドにいたはずの陸が、教室の入り口に顔をのぞかせた。 「ん?」 「待ってろ」 「え?なんで?」 「いいから。着替えてすぐ来る。あ、舞」 「えっ?」 「森魚(もりお)が一緒に帰ろうってさ」 「えっ…」  突然の報告に、舞は真っ赤。 「どっどっどどどうしよ…織ちゃん」  坂本森魚(さかもともりお)は、陸の悪友で。  舞とはお互い意識し合ってるくせに進展がないという… 「いいじゃない。一緒に帰るついでにデートの約束でもしとけば?」 「無理っ!!無理無理!!」  そう言いながらも、巾着からリップを取り出す舞。 「明後日の土曜、ピーターパン(雑貨屋)に買い物に行きたいから、付き合ってって言ってみたら?」 「ぎゃ―――!!無理―――…って、明後日は本当に無理なの」  盛り上がって来た所で、舞は急に冷静になって。 「明後日さあ、父さんが帰って来るのよねー」  って、少しうんざりな顔をした。 「父さん?舞の?」 「うん。半年ぶりの再会」 「それならもっと嬉しそうな顔したら?」 「思春期の女子に、父は鬱陶しいだけよ」  そんなものなのかなあ。  舞の父さんはめったに家に帰ってこない。  舞も父さんの本当の職業は知らないようで。 「きっと船乗りよ」  なんて言ってる。
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