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島崎紅緒
「さすが島崎紅緒さん。」
黒板の問題を答えると、数学の教師は眼鏡をかけ直しながら大げさに言った。
イタリアから、この学校に転入して二年。
もうじき高校三年の夏休みを迎える。
竹之内碧衣は、あたしより一ヶ月早くアメリカから転入してきた。
そして、緑川 進は、あたしより二週間遅れて、イギリスから転入してきた。
三人の帰国子女。
珍しがられないわけがない。
三人とも成績優秀。
先生からの信頼も厚い。
そんなあたしたちが、まさか殺し屋だなんて。
誰が疑うだろう。
そして…
本名、一条 碧・緑・紅。
あたしたちが、三つ子であることも。
あたしたちは幼い頃から語学はもちろん、武術や剣術、ありとあらゆる技術全てを叩き込まれて来た。
偽造の免許証も、カードも保険証も揃ってる。
任務によっては別人になりすます。
あたしたちは―…
殺し屋だ。
「島崎さん、お弁当食べましょう」
チャイムが鳴ってお昼休みがくると、いつものように適当なだけの友達が声をかけてくる。
相手にとっては「自慢の友達」的存在かもしれないけど。
あたしにとっては、普通の高校生として学校生活を送る上での「適当な友達」だ。
学校での、あたしの素性は。
両親が海外へ仕事で出かけ、ハウスキーパーのいるマンションに一人で住むリッチで真面目な優等生。
碧や緑には、必要な時にだけ現れる「偽物の両親」がいる。
「。」
ふいに、腰のポケベルが震えた。
どうも、これに慣れない。
妙な顔つきになってしまう。
「どうしたの?眉間にしわよせて」
案の定、指摘されてしまった。
「お腹が痛くなってきちゃった。あたし、お昼いいわ」
弁当を鞄におさめて。
「保健室に行ってくる」
なるべく苦しそうな顔つきで言うと。
「ついて行こうか?」
心配そうな顔で、のぞきこまれてしまった。
どうして、女子高生って…こうなの?
「ううん、平気」
立ち上がって教室を出る。
さりげなくポケベルを見ると、緑から。
「ゴゴサンジダイニフトウ」
午後三時、第二埠頭ね。
父親はマフィア。
あたしたちは、一条家の継続と繁栄のために殺し屋をやっている。
マフィアと言っても、麻薬の密売人とはわけが違う。
麻薬やピストルなんてこまかいもので、ガンガン儲けようなんて思ってない。
だいたい、あんなもの。
どこが楽しいのか。
なんで、あんなにたくさん金出してまで買ってんのか。
あたしたちには、わからない。
あたしたちの目的は、世界征服…
なんて、言葉にすると、ちょっとテレビアニメみたいでイヤなんだけど。
父親は、壮大な計画を練っている。
「……」
窓の外を見ると、碧が女の子と歩いてる。
「あいつ、また女変えたな…」
窓辺に頬杖ついて、眺める。
…18歳。
確かに、普通なら恋多き年頃か。
でも、なかなかそんな本気になれる奴は現れないし。
いつもの、遊んでは捨ててしまう恋愛もめんどうになって。
最近は「恋人」ってものに無縁。
あたしには、一生本気の恋なんてものはできないかも。
そう思いながら。
彼女と楽しそうに歩いてる碧を、あたしは少しだけ冷めた目で眺めた。
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