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島崎紅緒
「や。」
「……」
あたしは一瞬、動く事を忘れた。
目の前に、あの男。
放課後、校門を出たところでバッタリ。
「…待ってらしたんですか?」
大きく見開きかけた目を、冷静に和らげて。
「今来たばかりだけどね。タイミングよかった」
笑顔。
「これ、ありがとう」
男は、ポケットから小さな包みを取り出した。
ああ、ハンカチね。
今日は、ラフな格好。
スーツじゃないって事は、組の仕事はなくなったのかな?
「わざわざご丁寧に、どうも」
包みを受け取ると。
「じゃ、これで」
男は、あっさり手をあげた。
「え?あ、あの…」
「え?」
思わず声をかけてしまった。
だって、これで終わりなわけ?
「あの…あ、お茶でも…どうですか?」
つい、あたしから声をかけてしまった。
上層部が全員死んでしまった組の事、聞きたいし。
「木から落ちた所、助けていただいたし…」
照れた風な演技で男に言うと。
「いや…ハンカチ貸してもらったし、そんな気を使ってくれなくていいよ」
むっ。
女子高生が誘ってんのよ?
嬉しそうに乗っかってよ。
「実は…」
あたし、うつむき加減に演技を始める。
「クラスメイト達がいつも噂してる『ダリア』っていうお店に行きたいんですけど…両親が学生同士の寄り道はダメって言い張って…」
「…でも、よく知らない男と行ったってバレたら怒られない?」
「恩人にお礼をした…って、それだと本当でしょう?」
「……」
「…ね?」
首を傾げて、上目使い。
どうよ。
行きたくならない?
男はしばらくキョトンとしてたけど。
「いいのかな…俺なんかと…」
って、頭をかく。
俺なんかと、って。
そんな事言いながら、見逃さなかったわよ?
今一瞬、『好都合』って目をしたでしょ。
「じゃ、行きましょっ」
あたしは、男の腕をとる。
すると男は、少しだけためらったけど。
「緊張するなあ」
なんて笑った。
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