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辺りを見回したその瞬間、斜め後ろにいた男と目が合った。光沢のあるスーツの袖口をひじまで折り返している、この男の名前は宇佐見 丈だ。俺がどうして彼の名前を知っているのか。その理由は分からない。いや、分かっていて当然だ。彼は上岡一月のマネージャーで……。
上岡一月? 上岡一月とユーマニオンレッドの関係は――。
「分からない……」
部屋を見回しながら、片手で髪を掻き乱す。
「上岡くん? 演技を……」
審査員が促す。
「上岡? 誰のことを言ってる」
「おい一月っ……!」
マネージャーが大股で歩み寄ってきて、俺の腕を横からつかんだ。
「すいません! コイツ具合が悪いみたいで、1回飛ばしちゃってください! ほらっ、あとがつかえてるみたいですしね! 一月はまた……最後で構いませんから!」
居並ぶ審査員たちがザワザワと話しだす。そんな中マネージャーに引っ張られ、俺は部屋の外へと連れ出された。
*
「いつきぃいいい、しっかりしてくれよぉおおお!」
控え室になっているセミナールームのパイプ椅子に俺を座らせ、マネージャーが泣き顔をしてみせた。
部屋の中に散らばっていた人たちが、怪訝そうな顔でこっちを見る。人数は20人程度。付き添いも交じっているだろうから、今候補者で残っているのは10数人というところか。二次、三次と審査が進むうち、随分人数が絞り込まれた。
今日は最終審査で、この中から来年の新番組『ユーマニオン・ネクスト』の主演と脇役の数人が選ばれる。
彼らから距離があることを確認しながら、マネージャーが声をひそめて言った。
「いいか一月、二次審査までで主役に内定してたって、最終でぼーっと立ってるだけじゃさすがに内定取り消される……! ちゃんと集中してくれよ~」
マネージャーが言う通り、二次審査が終わった時点で事務所に内定の連絡が来ていた。主役は上岡一月でほぼ決まり。あとは他の役のキャストを、主役とのバランスを見ながら決める。監督とプロデューサーの間では、そういう話になっているらしい。
だが内定はあくまで内定だ。何かあって彼らの考えが変わるかもしれないし、スポンサーや外部の意向で状況が変わることだってあり得る。うちよりでかい事務所が、自分のところの若手をとねじ込んでくるとか。
だからこそ俺もオーディションでの演技は、自分なりに完璧なものにしたかったわけで……。
「分かってる。さっきは力みすぎた」
俺としてはそれ以外に言葉が見当たらない。
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