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ユーマニオンレッドに会うまではここを離れるわけにはいかない。その一心でその場にしがみつく。
その時、客席後方から徐々に前へ移動してきた怪人が、俺に目をつけた。今思えば怪人役は被り物を被っていて表情が見えるはずはないのに、この時どうしてか目が合ったのが分かった。直感というものだったんだろう。
まずい。内蔵がきゅっと縮み上がる。
奇声を発しながら、ジリジリとにじり寄ってくる怪人。
なぜ俺は武器のひとつも持ってこなかったのか。こんな場所にたった1人、手ぶらで来てしまった自分を悔やんだ。
鎌のような爪をした、怪人の手が肩をつかんだ。恐怖で声も出ない。ぎゅっと目を閉じたその時――。
『そこまでだ!』
凜々しい叫び声とともに、ユーマニオンレッドが舞台上に現れた。
俺は口を開け、舞台を見上げる。
雷に打たれたような衝撃。レッドが来てくれた。それだけで胸がいっぱいになる。
『子供たちは俺が守る!』
レッドが舞台から飛び降り、大股で歩み寄ってきた。
彼は怪人の手を振り払うと、俺を片腕で抱き上げる。視界がすっと高くなった。
子供たちの驚いた顔、大人たちの微笑ましげな顔が見える。さっきまで固まっていた体が緩み、震えるような喜びに包まれた。
「一緒に来た人は?」
俺を抱いて舞台に戻りながら、レッドがそっと聞いてくる。
「1人で来た」
「やっぱ1人なのか」
舞台上から察していたんだろう、気づかわしげな仕草で顔を覗き込まれる。
「お母さんは許してくれないから……でも、どうしてもレッドに会いたかった」
怒られるかも、と不安になりながらも、思いの丈を込めそう訴えた。
「ははっ、そうか!」
レッドの声は笑っていた。頭をグリグリと撫でられる。俺はレッドに受け入れられていた。泣きたいくらいに胸が熱くなった。
その間にも怪人が、会場中に響く声で何か言っている。
「じゃあ、俺は戦ってくるから待ってろよ!」
レッドは俺だけに聞こえる声でささやくと、俺を舞台上に下ろし怪人とのバトルを始めた。
数メートル先で派手なバトルが展開される。ハイキック、素早いパンチ、必殺技。
少し動きが軽いけれど、テレビと同じだと思った。
(すごい、本当にレッドだ!)
それですっかり舞い上がってしまったのか、それからあとのことはよく覚えていない。
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