9,上野

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 その後オープニング用、宣伝用の動画や写真の撮影が行われ、翌月。いよいよ『ユーマニオン・ネクスト』本編の撮影がスタートした。  その日は上野で早朝のロケが行われていた。息を吸うほどに肺が冷気に侵されるような、寒々とした朝だった。 「ここは隕石群が降ってくるのを、CGで表現します。みなさんはそのつもりで演技をお願いします」  駅のコンコースの上。監督が自らメガホンを手に、エキストラさんたちに指示を出す。彼の吐き出す息も白かった。  それから監督は怪我の特殊メイクを施された俺に向き直る。 「向こうからとこっちから、逃げる人が途切れたところでカメラが寄っていくから、そこで一月くんは演技開始だ。焦らなくていいから、自分のタイミングで始めて」 「分かりました」 「それで向こう……」  監督の指さす方向へ目を向ける。 「今、羽田くんのいるポイントまで歩いて、隕石の変身ブレスで変身。スタジオでもやった 通りだから分かるよね?」  視線の先の羽田さんは、すでにレッドのヒーロースーツを着ていた。彼の足下を中心に、落ち葉が渦を巻いて吹き上がる。まるで風を従えているみたいだった。  ふいに鳥肌が立つのを感じていると、彼がこっちを見てニヤリと笑う。 (あ……!)  その挑戦的な笑みに、目が釘付けになった。  ――楽しみにしてる。  顔合わせの会議室での羽田さんが、余裕の笑みを浮かべた。あれはちょうど1カ月前の記憶だ。  そして今日、俺はいよいよ彼の前で演技をする。あの人にナメられるわけにはいかない。  エキストラも役者も立ち位置に移動し、スタートの合図でリハーサルが始まった。  俺はうつ伏せに倒れた状態から、演技を始めることになる。レールに乗せられたカメラが、本番さながらに動きだした。俺は自分の演じるべき主人公、スバル青年の声に耳を傾ける――。  吹きつける風のざわめき、早朝の大通りを行き交う車の音。それからかすかに電車の走行音。いつもなら演じるべき主人公を見つけられるのに、なかなかそれを見つけることができない。  うつ伏せに倒れている俺の指の先を、何人ものエキストラが駆け抜けた。  コンコースが揺れる。カメラと、その向こうにいるスタッフたちの気配。俺の動きを待つみんなの視線。それらを手に取るように感じた。 (あの人に、無様な姿は見せられない)  気持ちが焦っていた。自分のタイミングで始めていい。そう言われはしたけれど、想定されるタイミングはとっくに逃してしまった。  相変わらずスバルは見つからない。スバルなら今それどころじゃないのに、アスファルトに当たっている頬が痛かった。
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