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「それで演技に入れなかったわけ?」
「入れなかったというより……俺からレッドに飛び込む、その間の溝に挟まれた」
「飛び込もうとして挟まれた? 電車とホームの隙間に挟まれたみたいな!?」
頷いてみせると、さっきまでピリピリしていたマネージャーが笑いだした。
「なんだそれ~! 一月は演技するのにも命がけだなぁ!」
でも笑い事じゃなく、本当にそうなんだ。演技をする時、俺は自分自身を手放し、演じようとする役柄に飛び込まなければならない。電車の運転手が運転席のドアから、併走して走る別の列車に飛び移るみたいに。
逆に自分の方に演じようとする人格が降りてくるっていう役者もいる。そういう場合は列車同士が走りながら連結するみたいなものだろうか。想像はできるけれど、俺にはそんな器用な真似はできない。役柄の人格と平行して自分の人格がそこにあれば、進む方向すら定まらない。自分を手放さなければ、自分の持つ恐れや遠慮みたいなものが演技に出てしまう。
そう考えるとやっぱり俺は、演じるために走る列車に飛び乗るしかなかった。当然危険もあるし恐ろしい。例えば虚脱状態になってしまったり、自分の状況が分からなくなってしまったりすることもある。今のところ、なんとかやり過ごせてはいるけれど……。不器用ゆえの精神的負荷は高かった。
こんな俺を天才だという人もいる。笑わせないでほしい。これが天に授かった才能なら、神様は相当なサディストだ。その贈り物を開けるたび、俺は毎回血だらけだ。そんなのは神というより悪魔の所行だと思う。
俺はため息をつき、持っていた台本をゴミ箱にねじ込んだ。
「おいおい一月!?」
マネージャーが慌てて台本を拾い上げる。
「いいんだ覚えたから。さっきだって名前を呼ばれたり台本を見たりしなければ、すんなり演技を始められた」
「だとしてもさぁ、次に呼ばれた時に手ぶらだったら相当やる気がないと思われるだろ。ただでさえさっきのあれで、印象としては試合放棄したみたいになってるんだから」
マネージャーはソワソワと周りを見回しながら、曲がった台本の角を伸ばした。彼も必死だ。それくらいユーマニオンシリーズで役を貰うということは、事務所にとっても重要なことだった。
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