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「よく分かったな」
だとしたら話題はひとつだ。
「今日の俺が駄目だったって話?」
「いや、駄目っていうかさあ……」
奥歯にものが挟まったような顔をして、マネージャーは店内を見回した。
「別に、本当のこと言っていい。普段から上手くやれてるわけじゃないけど、今日のあれは特に駄目だった」
予定していたシーンが俺のせいで撮り終わらなかったんだから、自分でも駄目以外に言いようがない。
マネージャーの視線は店内にこれといったものを見つけられずに、俺の顔に戻ってきた。
「一月、俺が思うにお前は駄目どころか特別な人間だって。俺なんか、人の顔色窺って世渡り覚えて、やっとこの業界で生きられてんのに。お前はニコリともせずにじいさんたちに好かれて大事にされてさ。それもこれも持って生まれた才能のおかげなんだろうけど……」
マネージャーがふいに椅子から身を乗り出し、顔と顔が触れそうなほど近づく。
「あとこの顔な。イケメンはお得だよなあ」
鼻の頭をぐっと押し、ブタ鼻にされた。
意表を突かれて動けずにいると、彼は呆れたように笑って椅子の背もたれに背中を戻す。
「お前は普通と違うけど、間違いなく選ばれし存在だ。そんなお前の無様な姿を、俺はあんまり見たくないわけ」
(無様、か)
本当のことを言えとは言ったけれど、なかなかパンチのある言葉が返ってきた。
「お前、他の現場じゃ危なげないのに。ユーマニオンには思い入れがありすぎるんだよ」
それは否定できない。
「それとあれだな、スーツアクターの羽田光耀だ。あいつに挑発されて、自分を見失ってる」
「……っ、それは……」
黙って苦情を聞くつもりでいたのに、思わず反論の声が出た。手元が震えて下を向く。
持ち上げていた麺が箸から滑り落ち、どんぶりの中に大きな波紋を作った。
「あの人は関係ない……」
「関係ないどころか関係大アリだろ~。顔合わせの席でやり合ってたじゃないか」
「そんなの、もう、1カ月も前のことだ」
どんぶりから顔を上げられない。
「俺が気づいてないとでも思ってんのか? お前あいつのこと、いつも目で探してるだろ」
このマネージャーは案外俺のことをよく見ている。それに気づき、思わず箸を握り込んだ。
「こぼす」
テーブルの向こうから伸びてきた手が、どんぶりの上で俺の右手を引き上げた。
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