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11,夜空と水の味
「あっ、は……」
羽田さんが男の肩を押さえ、息をつく。
「待って、急ぎすぎ……」
口から解放された彼の男性器が、ぴんと跳ね上がるのが見えた。大きく丸い亀頭がキャンディのように艶やかに光っている。
ゴクリとのどが鳴る。その瞬間、視線を上げた羽田さんと、ふいに目が合ってしまった――。
あの日のことを思い返すと、今でも衝撃と胸の震え、そして息苦しさがよみがえる。
(あの人があんな姿を見せなければ、俺は素直に、あの人に憧れていられたのに……)
小さなどぶ川に差しかかり、俺は暗い川面を見下ろした。
マネージャーの車で撮影所近くのマンションへ送り届けられ、その日の夕刻。思いあぐねた俺は、ひとり近所をジョギングしていた。
この辺の地理にはまだ慣れていない。スマートフォンの地図を見て、自分のいる地点を確かめる。
思考の迷路にはまってしまっている。どこか、広い場所へ出たい。
地図を2本指でずらしていくと、すぐ近くに大きな河川があった。そこまで行こうと考え、人気のない夕方の道をまた走りだす。
どうして1カ月も前の記憶が、身体的な緊張をともなって細部までありありと思い出されるのか。そろそろ記憶がぼやけても、忘れてもいいはずなのに。それができない。
あれが羽田さんでなく、別の共演者だったなら? 監督なら? 前のレッドなら? 真ユーマニオンの主演俳優なら……。
確かに羽田さんは俺にとって憧れの人だ。けれどもそれは唯一の思いというわけでもなかった。それなのに俺はどうして、彼だけにここまでこだわっているのか。
あれこれ考えてみても、暗い道の先には何も見えなかった。
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