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ユーマニオンレッドになるために、次こそ上手く飛んでやる――。
そう思えば思うほど、強すぎる自意識が役柄への飛躍を邪魔していた。我ながら笑えてくるくらい肩に力が入っている。だからといって役柄になりきらずにオーディションに望めるほどの実力は今の俺にはなく。
(あー、どうしよ!)
一度はゴミ箱に突っ込んだ台本を手に、俺は身動きが取れなくなっていた。そして無情に時間は過ぎていき……。
「1001番、上岡さん、そろそろご準備を……」
他の候補者がすべて呼ばれてしまったのか、係員がもう一度俺を呼びにきた。
「うわ~、いつきぃい! 今度こそ上手いことやってくれよ~?」
マネージャーは、自分が処刑場へ連れていかれるような顔をして念押ししてくる。俺は黙って立ち上がり、控え室を出た。
不安を映したように生ぬるくよどんだ空気が、審査会場へ続く廊下を包んでいる。その時窓の外で風が吹き、廊下の窓枠に硬い落ち葉を叩きつけた。落ち葉の壊れる音がする。
いや、今の音は窓の外でしたんじゃない。建物のエントランスからゆったりとした足取りで、誰かがこちらへ歩いてきていた。床を踏みしめるその足音に、耳が引き寄せられる。
振り向くと、ガタイのいい男の姿が目に映った。
シルバーのトレーニングウェアに迷彩柄のジャケット。フードを目深に被っている。歩く姿が異様にさまになっていた。ジャケット越しにも分かるしなやかな肩の筋肉、それから発達した太腿に目が行った。存在感が普通じゃない。
役者か? そう思って顔を見た時、俺は既視感に息を呑んだ。ラテン系を思わせるくっきりとした目鼻立ち。麻布のように日焼けした肌。年の頃は30くらいだろうか。俺は、この人を知っている。
「羽田 光耀……」
彼の名前を口の中で確かめると、その彼がこっちを向いた。射抜くような強い瞳、けれど口元にはわずかな笑みが乗っている。
ドクンと強く、心臓が脈打った――。
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