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次の日、いつものように教室の扉を開けると、上松と知らない生徒が話していた。そいつは、ただでさえおとなしい上松が霞んでしまうくらいに、大きな声でハキハキとしゃべっている。まだ新生活が始まったばかりだけれど、あんなやつはクラスにはいなかった。教室にいるクラスメイトも、遠巻きにその生徒の様子を伺っているようにみえる。
近づいてみると、隣の上松も戸惑いながらも楽しそうに話を聞いているようなので、どうやら絡まれているわけではなさそうだ。
「ヒガシくん、おはよ」
「おう」
自分に気づいた上松がいつものように挨拶をしてくる。上松と話していた、やや小柄で明るい茶髪の生徒と目が合った。
「なぁ、もしかしてヒガシって、もう一人の入部希望者?」
その生徒は上松に耳打ちするように話すが声が大きくて、こっちまで聞こえてしまっている。そして入部、という言葉に、ピンときた。
「おい、上松、俺は文芸部には……」
「俺、北川晴陽、よろしくな! いやぁ、助かったよ。文芸部の部員を5人集めなきゃいけなくてさ!」
その生徒は途端に自分をロックオンし、笑顔で元気いっぱいな明るい声で、自分の言葉を遮ぎった。
「いや、俺は……」
「これで3人だからあと2人かー! 俺、クラス回ってくる。じゃあな、うえまっちゃん!」
「うん、頑張ってね、晴陽くん」
「おう! ヒガシもまたな!」
それだけ告げるとそいつは、ばたばたと走り去り、教室のドアをぴしゃ、と閉めた。その音で、静まっていた教室は、いつもの活気を取り戻した。北川と名乗っていた男はまるで台風のように教室をひっかきまわし、そして嵐のように去っていった。
「なんだ、あいつ」
なんて馴れ馴れしいんだろう。今、会ったばかりなのに、もうヒガシ呼ばりされた気がするとは。
「昨日言ってた、文芸部の部長だよ」
「それはわかったけど……つーか、おまえ、なんであいつに俺のこと話してんだよ」
「いたっ、いたひっ」
すぐ目の前にある、上松の頬を持ち上げるようにしてギューッとつねる。子供の頃から、上松に文句をつけるときはいつもこうだ。
「俺、入らないって言っただろ」
「れ、れも、ぶいんがいなふて、こまっへるっへっ」
「別にそれは俺には関係ねぇだろ。なんで俺が入ることになってるんだよっ」
「ひぃっ」
ぴんっと弾くようにして手を離せば、上松は涙目でつねられた頬をさすった。
「で、おまえは文芸部に入って何を目指したいわけ?」
「何って言われると……」
「俺、もう部活頑張るの、懲りたんだ。野球部で3年頑張ったってベンチ温めてただけなの、おまえ知ってるだろ」
最後の試合、客席に上松の姿を見かけた。きっと野球部で一度も試合に出ていなかったことも、母親経由で知っているだろう。
「でも、野球してるときのヒガシくん、かっこよかったよ!」
「野球部は試合に出れなきゃ意味ねぇーんだよ」
捨て台詞のように吐くと、上松は、申し訳無さそうに俯いた。
「とにかく俺を誘うな。文芸部には一人で入れ」
その言葉は絶対に上松の耳に届いたはずなのに、返事はなかった。
自分の席に向かって歩き出したその背後で、しょんぼりしているだろう上松が手にとるようにわかった。
でも、あんな思いはもう二度としたくないのだ。その気持ちに変わりはない。
もう一生懸命やるのは、やめたんだ。
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