飛べない天使と歩む春

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 写真の中の彼は、輝く笑顔を浮かべていた。  級友たちと肩を寄せ合う他愛ない日常の一コマ、学園祭前日の雑然とした教室内での少しくたびれた微笑、「誰か」に向けた穏やかな眼差しの一枚は、清涼飲料水のCMに使えそうな清雅な表情である。  三枚の写真は、いずれも彼の『過去』を写したものだ。  シャッターを押した瞬間、写された光景はたちまちに過去となる……そんな時間軸の話ではない。  この写真に宿る輝きは、今の彼には存在しない。  誰よりも美しく、万人に愛され、頂点に立っていた彼は、もういない。  未来を遮断され、絶望に苛み、辛苦を舐めつくした彼は、さぞかし醜く歪んだ表情をしているだろう。 「会わなきゃ」  内から突き上げた欲望が、無意識に口から飛び出ていた。会わなければ。今の彼に。  決意を胸に立ち上がると、勢いで机上の写真が舞い上がった。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、かつて、同じ空間で目にした彼の笑顔を思い出す。屈託のない、誰に対しても平等に向けられる笑顔だった。  一枚を手に取り、彼に向かってにいっと笑いかける。 「会いに、いくよ」
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