飛べない天使と歩む春

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 *  春海(はるみ)に妙な写真が送られてきたのは、あと数日で大学が始まる四月初旬のことだった。  ぽかぽかと音が聞こえそうに陽当たりのよい一〇〇号室の居間で、(そう)は眉間に皺を寄せて写真を凝視していた。 「どう? 高一当時の俺」  すぐ横で寝そべる部屋の住人に険しいままの顔を向ける。蒼の視線を捉えた春海はにっこりと胡散臭い――彼の本性を知らぬ人は優美と称する――笑顔を返した。 「ほんの四年前じゃないか。今と大差ない」 「わかってないなー。今を全力で生きている俺がベストなの。ナウ・イズ・ザ・ベスト。蒼ちゃん、わかる? こうしている間にも俺、紅野(こうの)春海は進化し続けて……」  たわけた主張を無視して、再び手元に目を落とす。高一当時の春海を写した写真。友人に囲まれた輝く笑顔の高校生……ほんの数枚でも、充実した生活だったことが伝わってくる。  床に寝転ぶ春海の下肢に、そっと視線を置く。家着のスウェットに包まれた彼の足は、彼の意志で動かすことはできない。狭いアパート内では這って、屋外では車椅子を用いて移動を行う。 (車の事故に遭ったのが、高二の冬……)  差出人不明の封書で三回に分けられて届いた写真は、すべて春海が自分の足で歩いていた頃のものだ。 「許せない」  蒼の声は、春光溢れる部屋に場違いな重苦しいトーンで落下した。淡い水色の封筒には、くっきりとしたゴシック体で、ここ『ひねもす荘』の住所が印字されている。 「俺も最初は悪趣味だなーと思った。でも、なんか違う気がするんだよね。三枚とも隠し撮りだけど、どの俺もいい顔してる。悪意ならさ、俺が落ちこんでる時とか、ヘマした時を狙わない?」  春海の声に顔を上げる。髪同様に色素の薄い瞳には、恐怖や怒りは影もない。優しげな薄茶色に心を奪われていると、形のよい瞳は次第に細められていった。 「ま、俺が、凹んだり、失敗したりって、そうそうないけどね」  からからと笑う仰向きの同級生に、呆れて返す言葉もない。 (まあ、たしかに……)  気抜けた笑顔も爽やかな、アパートの隣人且つ友人を見下ろして考える。  大学二年目を迎える「車椅子の(猫かぶりの)王子」は、成績優秀・眉目秀麗・品行方正で、学内にその名を轟かせている。 (本人が危機感持たなくてどうするよ……)  心配性の蒼は、春海のように前向きには捉えられない。不慮の事故で障がいを負った者に対し、一言もメッセージを添えず受傷前の隠し撮り写真を送りつける……どう考えても異常だ。  差出人が行動をエスカレートさせる恐れもある。犯人は十中八九、春海の元級友だろう。蒼のもっともな推理を聞いた春海は思案顔で頷き、耳を疑うことを述べた。 「当時、俺のファンクラブには、違う学年の人も、他校生もいたんだ。相当数の隠し撮り写真が出回ってたよ」  まさかの追加情報に、心底脱力した。容疑者は相当数いるらしい。  玄関に置かれた車椅子を見つめて、言いようのない不安が募るのを覚えた。
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