43人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
*
降り立った駅は、最果ての地とも言うべき田舎であった。周囲に広がるのは、色褪せた田畑と低山のみで、乗降客も皆無に等しい。大学が開講すれば少しは賑わうのだろうか?
「クソ田舎だな」
街中とは違い、独り言に眉をひそめる通行人もいない。燦々と降り注ぐ太陽に、校舎へと伸びる坂を歩く背中が暖かいを超えて暑い。
本当は。
息を切らして坂を上る。
本当は、もっと高みへと羽ばたけたはずだ。
「そうだろ? ……春海」
かつて同じ教室で過ごしていた頃には一度も呼べなかった紅野の名を口に乗せる。当時の級友たちの噂によれば、高校卒業後、春海とその姉は、祖父母が暮らす隣県のこの地に身を寄せたらしい。両親は同じ事故で即死、春海は下肢の機能を失った。
かわいそう。
クラス単位のグループチャットに連なっていた哀れみの声。春海くん、かわいそう。かわいそう。かわいそう。
「いや、違う」
構内入口に到着すると同時に一声を上げた。あいつらは、真の窮状に陥った人間からは、すーっと遠のくのだ。無言で。不特定多数の場で嘆きや怒りを披露し、多数派に属して安堵する。春海に面と向かって声を掛けた者が何人存在したのだろう?
「さて、と」
春休み中の大学構内はがらんとしており、部外者である彼の足音だけが刻まれていった。
講義がないためか、どの建物も窓にカーテンが引かれていた。それでも、ちらほら学生らしき姿はあり、遠くに見えるグラウンドから掛け声らしきものも聞こえてくる。
春海のアパート近くで張りこむ予定だったが、彼の学び舎を目にしたくなり足を伸ばした。完全な部外者であるため、やはり人目が気になる。初めて訪れた大学という場所の広さに驚きながらも無闇に歩き回るうちに、体育館らしき建物に辿り着いた。入口は開放され、中から合唱が聞こえてくる。……『朧月夜』だ。
朗々と流れる声を振り切るように歩を進めると、建物の陰に置かれたベンチに腰を下ろし、音を立てている心臓に手を当てた。
多くの人が集う場所だと自覚した途端に苦しくなった。
〈お前は何者だ?〉
〈どこかで、誰かに、必要とされているのか?〉
〈この先、どこに向かっていくんだ?〉
自分自身に問いかけても、何一つ答えられない。
親に養ってもらい息をしているだけの虫けら。いなくなっても、誰も困らない。むしろ、感謝されるだろう。
誰だって、本当は自分のためだけに生きているんだ。
こんなに……大嫌いな自分のために。
最初のコメントを投稿しよう!