迷宮の中で牛に遭う

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武器と命綱を喪った状態で敵と対峙している事実に気づいて、戦慄する。 「ああ、ちゃんとあるよ」  彼の心の声を読み取ったかのように、牛は部屋の隅を大きな鼻づらでクイと指し示した。牛の示した方には、剣と糸巻きが置かれている。 「あれ、道しるべでしょう。よく考えたなあって感心しちゃった。糸は切ったりしてないから大丈夫、安心して。頭はまだ痛い? 吐き気はある?」  あまりにも明朗快活に喋る牛に気おされて、彼はつい素直に首を横に振った。 「それはよかった。あれから一昼夜眠ったままだったんだ――って言っても、君、僕の生贄に送り込まれちゃった人だよね。そりゃあ、いきなり話しかけられても怖いし、意味わかんないよね。心配しないで、世間で言われてるほど蒙昧な牛の化け物ってわけじゃないんだよ僕」  だいたい、半分は人間なんだからね! と牛らしい荒い鼻息を吐いた後。 「初めまして、この地下迷宮の主でミノタウロスです。長いからミノって呼んでね。君の名は?」  牛は――ミノは大きな目をすうっと細めた。どれだけ猜疑心のフィルターをかけてもそれは親愛の笑みにしか見えなかった。 「テ…セウス」  混乱の中、彼が――テセウスが辛うじて名乗ると、ミノは嬉しそうに、差し出していたカップを彼の手の中に押し込んできた。 「じゃあテッシーだね。少しの間だけど、よろしく」  勢いに呑まれて受け取ったカップは荒く石を削ったもので、持ち重りがする。中にたたえられた液体は程よく冷えて清涼な香りを放っていた。
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