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幸福のスパイス
急がなくちゃ――
ランドセルを床に放ると、浩一は本棚に飾ってあった貯金箱に手を伸ばした。去年作った紙粘土の飛行機。片翼をひっつかみ手繰り寄せる。その拍子に数冊の本がバラバラと崩れ落ちたが、それを気に留める余裕はなかった。
一年間でどのくらい貯まっただろうか。飛行機を思い切り振ると、ジャラジャラと小気味いい音が響く。
浩一は慎重に飛行機の後ろの小さい蓋を開けてみた。逆さにすると何個かの小銭が勢いよく落ちる。
百円玉がいち、にー、さん……。
合わせて、千二百円と十円玉が少し。これだけあれば足りるだろう、と思わず顔がほころんだ。
目当てのものは、金色の金具に白いコットンパールが散りばめられたバレッタだった。
よく行くショッピングセンターで、母が何度も手に取り見つめていたことを思い出す。
浩一はよし、と頷くと、小銭を半ズボンのポケットに突っ込んだ。
そして机の中から一枚のカードを取り出すと、それを反対側のポケットにそうっと忍ばせた。
浩一の計画はこうだ。今から母に「遊びに行く」と嘘をつき、そのバレッタを買って帰る。メッセージカードもバレッタと一緒に入れてもらえればなお、よい。
「プレゼント用でお願いします」という文言も、何度も練習しておいた。
きっと母は驚いて、優しく微笑むかもしれない。もしかしたら、泣いて、自分を強く抱きしめるかもしれない。そんな母に素っ気なく「やめてよ」と言うところまで、浩一は想像していた。
今日はいい日になるはずだった。
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