シャッター音と君の聲

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 ***  その時。怒りのまま怒鳴り散らさなかった自分を、私は心底誉めたいと思う。なんせ“スミル”と名乗ったその少年は、物の見事に私の地雷を踏み抜いてくれたのだから。  私は落ち着いて――それはもう全身全霊をかけて自分を落ち着かせた後――彼を公園の、あまり人気のないベンチまで誘導することに成功した。 「……さっきから通りすぎる人の反応を見るに……貴方、私にしか見えてないっぽいわね。ていうか、よく見ると透けてるし。だからまあ、普通の人間じゃないって点は認めてあげてもいいわ」  頭痛を覚えながら、私は言う。いっそこの子が幽霊だったなら話は早かったのに、と。残念ながら自分は生まれて十七年間、幽霊なんてものを見たことは一度もないわけだけど。寮で同室のウェンディが金縛りに遭って絶叫していた時も、私は全く気づかずぐーたらと寝ていたほどである。 「でもそれが、どうして私の“息子”ってことになるわけ。私、結婚もしてないし、これでもちゃんとヴァージンなんだけど?」 「知ってますよ?ていうか僕、未来の、って言ったじゃないですか」 「未来の、であってもよ!有り得ないわよ、そんなに私をイラつかせたいわけ?」  ギロリ、と隣に座る彼を睨み付ける私。こいつのせいで結局ベストショットが撮れなかったので、その八つ当たりが入っているのも否定しないが。 「私、子供が産める体じゃないのよ。子供の頃の事故で……大ケガして、子宮も卵巣もみんな取っちゃったんだから」  ああ、わかりきっていたことなのに。自分で口にしても、胸が痛くなるこの事実。わかっている。アリーナ山の土砂崩れで潰されたスクールバス。生き残っただけで私は幸運であったはずだ。例えそれが女性としての未来を、僅か七歳で奪われる結果であったとしても。  お前が生きていてくれるだけで嬉しい、結婚しなくても子供が作れなくても、お前が幸せになってくれるなら他にはなにも要らない――両親はそう言って私を抱き締めてくれた。私も、その言葉に納得して生きてきたつもりだったのだ。  ある過激な宗教団体が、故郷で勢力を伸ばしてくるまでは。 『同性愛者は異端の者!神が作りし規則に背く悪魔の使徒です!人類を滅ぼすために遣わされた彼らは、正義の名の下に須く抹殺されなければいけません!』  彼らはそう主張し、町を、村を、大きな旗を掲げて練り歩いた。 『何故ならば同性同士のカップルからは子供が産まれない!子を産み出さぬ夫婦に、人間達に、存在を許してはなりません!彼らが増えてしまえば最後、人類は滅亡の道を辿るからです!』  全く馬鹿げているとしか思えない。彼らの考えは偏見に満ちていて、実に差別的だ。到底納得がいくものではない。  だが、残念ながら異性愛だけを絶対のものと考える者の中には、そんな差別的な思想を支持する連中がいるのも事実である。宗教団体は多くの批判を浴びながらも少しずつ大きくなりつつあった。――そう、私の耳にもその活動内容が嫌でも入ってくるほどには。  私は同性愛者では、ない。それでも彼らの考え方が突き刺さる存在であるのは確かだ。彼らは同性愛者を否定する最大の理由として“子孫が作れない者達は欠陥品で世界を破滅に導くから”としている。ならば――同性愛者でなくても、子供を産めない私もまた欠陥品以外の何者でもないではないか。  日に日に思い詰める私に、意図せず止めを指してしまったのが身近な友人達だった。その教えに、全面的でなくても一部賛成する声が、ちらほらと聞こえてきてしまったのである。
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