シャッター音と君の聲

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『まあ、実際子供作ってかないと、若者減って人類終わっちゃうもんね。社会貢献したいなら、ちゃんと異性と結婚して子供を作るってのが当たり前の世の中になるのかもしれないわよね……』  きっと、彼女らに悪気はなかったはずだ。なんせ私は自分の体のことなど、誰にもカミングアウトしてこなかったのだから。  それでも。――それでも、私が世界に、己に絶望するには、充分で。 「……私は、出来損ないだから。子供なんか作れないし……誰にも未来を繋げないの。だからあんたが私の子供なんて、そんなことあるわけないのよ」  分かっていても、己で己の傷を抉るたび、涙が滲む。 「何も産み出せない私なんか、さっさとこの世界から消えた方がいいの。ヨボヨボになって迷惑かけてからじゃ遅いのよ、だから……」  こんな幽霊みたいな子供が、自分の未来の息子であるはずがない。信じているわけでもない。それでも思わず、長年抱えてきたものをブチ撒けてしまったのは――ひとえに、本当はずっと誰かに聞いて欲しくて仕方なかったからに他ならないのだ。  両親にも、友達にも言えるはずがなかった。悲しませたいわけではない。困らせたいわけでもない。どうせ自分の本当の苦しみなど誰もわかってくれるはずがない、それゆえに。 「何も産み出せない人なんか、いないですよ?」  そんな私に、彼は。 「だって“その子”を産み出したのは、お母さんでしょ?」 「え?」 「そのカメラ!それ、お母さんが自分で作ったんでしょ、僕知ってますよ!」  スミルはつんつんと、私が握りしめたままだったデジタルカメラをつついた。 「その子は、お母さんがいなかったらこの世に生まれてくることはなかったんです。だからその子も、お母さんの子供ですよね?でもってお母さんが撮ったたくさんの写真はどうですか?お母さんが存在して、その子を作ったから出来た写真、お母さんだけの作品ですよね、違いますか?その子達もみーんな、お母さんの子供でしょ?」  ぽかん、と私は思わず口を開けてしまう。そんな発想をしたことなど一度足りとてなかった。私が産み出した、私の作品。私のカメラが、私の写真が――私の子供になる、なんて。 「で、でも……」  そうだ、だからといってそれを、子供と同列に考えて本当にいいのだろうか。だってそれらには意思はない。子供と違ってそれらが新しい何かを産み出すこともきっとない。  ああ、でも。 ――本当に……そうだった?  世界のクリエーター達に大きな影響を齎した世界的な画家達は、果たして誰もが既婚者だっただろうか?  太陽光発電や高速列車の技術を確立した科学者は?その生まれた技術を継いだのは、必ずしも実の子であったか?  子供が、遺伝子が残せないことは本当に――それだけで、出来損ないの証明であっただろうか。 「お母さんがどうしてそんなことを考えてしまうのか、知っているですよ。だからこそ、それに屈しないで欲しいのです。……それに屈してお母さんが死んでしまったら最後……僕が産まれなくなってしまうだけじゃない。歪んだ人達の正義をお母さん自ら認めてしまうことになるです。それは、とっても悔しいことではないですか?」  ねえ、と。スミルは私の手をしっかりと握って言った。 「僕、この世界に産まれたいのです。産まれて、お母さんが正しいことを証明したいです。だから生きてほしいって、生きることは間違いじゃないって伝えたくて未来から来たんですよ。……もっともっと、たくさん作って、産み出してほしいのです。お母さんの“子供達”をたくさん。それは必ず、未来のどこかで誰かを助けるから」  あまりにも単純。そして彼の言う言葉は綺麗事で、詭弁で、リアリストを自称していた私には本来到底響くものではなかったはずである。  それなのに私は、握りしめられたその手を振り払うどころか、ぽろぽろと涙を溢して言葉をなくしていたのだ。  どれほど易くても、在り来たりな台詞でしかないとしても。多分ずっと私は誰かに――生きていることを、肯定して貰いたくて仕方なかったのだろう。  その日。私は確かに“欠陥品”という、自分で作ってしまった呪いが解ける音を聞いたのだ。私の息子を名乗る、胡散臭い一人の少年の聲によって。
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