beautiful world

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砂塵が舞い上がり、あらゆるものをセピア色に染めてゆく。 振り返れば、足跡はあの一瞬でかき消されていて、砂のカンバスに描かれた風の作品だけが残されていた。 どのくらい歩いただろうか。 太陽の位置から計算して、23790メートル。多少の誤差はあるが、衛星機能が使えない今は仕方がない。 砂が関節の中に入り込んでジャリジャリする。 15時間前にメンテナンスしたばかりなのに。 手のひらを太陽に掲げてみる。 血の通わない、白い指。 人工皮膚はとっくの昔に劣化して摩耗した。 今は白い素体が剥き出しのままだ。 どこまでも続く、蒼い空とセピア色の砂。 そして所々に見える、石と鉄でできた巨大な塔。それはどれもこれも崩れかけていて、半分以上砂に埋れているものもある。 彼はあれは昔、人が暮らしていた跡だと言っていた。 彼以外の人を見たことがなかったから、あまりピンと来なかったけど、彼が若い頃旅をした時に撮影した紙製の画像媒体を沢山見ていたから、知識では知っている。 どの画像も、今とは違う。沢山の人間が笑い、泣き、緑と深い蒼の風景が写っていた。 さらさらとした砂に足を取られながら、僕はようやく朽ちかけて斜めに倒れた建造物の前に来た。 三階建ての鉄筋コンクリート製の建造物。かつて人間が住居としていた建物だろう。 錆びたスチール製の階段と手摺りがある場所を見つけた。 ここだ。 ぼろぼろのショルダーバッグから紙の束を取り出す。擦り切れたり、日に焼けてしまったものもあるけれど、まだ大丈夫。 その中の一枚を取り出して、今僕が見てる風景に重ねるように腕を伸ばす。 錆びついたスチール製の階段と手摺り。 僕が画像媒体(彼は【写真】と読んでいた)越しに見る風景は、真新しいおもちゃを手に満面の笑みを浮かべた人間の子供が二人、階段に腰掛けていて、その後ろには成人と見られる女性が彼らを微笑みながら見つめている。 座標はこの場所に間違いなかった。 僕は写真を朽ちた階段の上に、そばで見つけた錆び付いた車の玩具と共に置いた。 彼の願いを、ひとつ果たした。 僕は少しだけ淋しいような、嬉しいような気持ちになった。 【写真】はあと496枚。 全てこの地球上で撮られた。 今は全てが死に絶えた地球で。 彼は今際の際に言った。 【写真】を元の場所へ返してくれと。 それが撮影者たる自分の鎮魂だと。 だから僕は全てが死に絶えたこの世界に、 美しかった世界の欠片を還すのだ。 僕は歩き続ける。 いつか蒼い蒼い【海】の【写真】を還すまで。 それが、地球で最後の人間であり、僕を創り出した【父】そして唯一の【友人】である彼の願いだから。
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