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1.澤くんと店員さん
定義付けるとすれば、これが思春期というやつなのだろうか。それとももっと動物的に言えば発情期とでも言うべきか。
そんな風に言うと何かやだな…。でもさっきからこいつらが嬉々として繰り広げる話題に殆ど興味が湧かずついていけない俺は、頬杖をつきながらぼんやりとそんな事を考えていた。
カラカラと悪戯にストローを回し、忙しそうな店内をちらりと見る。そうして直ぐにまた、手元のグラスに視線を落とした。
殆ど氷だけになったグラスに残るオレンジジュースはやっぱり薄くて、ちょっとだけオレンジの味が混ざった水だけが喉を通る。
こういう事を見越して氷もオレンジジュースで作ってくれればいいのに、なんて。こんな風に薄くなっていく様を見るのも嫌いじゃないけどさ。やっぱり最後まで美味しい方が良いじゃんか。
…あぁ、前にもあったなぁ、こんなこと。
「でさぁ、そいつの彼女がめっちゃ可愛いらしいんだよー。まぁ俺の彼女のが断然可愛いけど」
「はああ?ふざけんなよ!俺の彼女が一番可愛い!!」
「声がでけーよこんのリア充共が!くっそぉー…何でみんなそんなに青春してんだよぉ。オレも彼女欲しいよぉ…。お前は同志だよな?!澤!」
「…ん?何の?」
いつものファミレスなのに何か今日はやたらと女性客が多いなーなんて思っていたら、急に話を振られた。やべ、ちゃんと聞いてなかったのがバレる。
きょとんと問い返すと、向かいの席に座る友人達が皆して俺を見つめていた。その一番通路側に座っていた奴がテーブルに身を乗り出して再度俺に問いかけてくる。
何でそんな必死な顔なんだろう。
「だぁかぁらぁ!!お前も!恋人とか居ないよなっ?!」
「こいびと…。居ないけど?」
「ほらぁ!良かった!!」
え、何が?
今日は中学時代の友達と久しぶりに集まってファミレスでただ話をしていた。
高校は殆どバラバラで、勉強はどうだとかクラスの奴がとか、お互い軽い近況報告から始まりそこから彼女が出来ただの失恋しただの、いつの間にやらそんな話題に。
そう言えば教室の女子もそんな話ばっかしてるな。皆色気づいちゃって…。俺達の年代で、そんな淡いピンク色な話に花を咲かせるのは普通の事なのだろうか。
それとも、年齢なんて関係無いのだろうか。
他人の噂話とかどうでもいいしついつい窓の外ばっか見ちゃうな。あ、あの人イヤホン絡まってんじゃん、気づいてないのかな。
…俺はもっと、中身の無いどうでもいい馬鹿話ばっかしたいんだけどなぁ。なんて。この場にはそぐわない願望だろう。
まぁこいつらと久しぶりに会えて嬉しいのは確かだし、皆元気そうで何より。それが一番だ。
「澤は作んねぇの?カノジョ」
「いや別に。欲しいと思わないし」
というか皆簡単に「作る」とか言うけど、「カノジョ」とか「コイビト」とかってそんな理科の実験みたいに出来るものなのか。
何かと何かの物質を配合すればハイ出来上がり、みたいな。それもよく分からない。
というかそんな禁忌に触れそうな方法で出来てしまうなら代償として身体の一部を持ってかれてしまうんじゃないか。俺は別に真理の扉なんて開きたくないぞ。
そんな妄想を繰り広げているとふと、一身に視線を浴びていることに気付いた。
俺がしれっと返した言葉に、一同が目を見開いて驚きを込めた表情で俺を見つめてきていたのだ。
「嘘だろ」と言われなくても顔に書いてあるのが分かる。皆分かりやすくて面白いな。
やっぱり薄くなったオレンジジュースといいこの状況といい、表情豊かなかしくんを思い出すなぁ。
そういや街中で別れたっきりだけど、あれから元気にやってんのかな。すごく怖がってたみたいだし今度ちゃんと謝らないと。
まぁ、俺が謝るのもおかしな話だが。
「嘘だろ…澤」
わざわざ言わなくても顔に書いてあった言葉が、今度ははっきりと音にして紡がれた。
この歳で恋愛に興味が無いのが、そんなにもおかしなことだろうか。俺にしてみればこっちが「嘘だろ」という心境なんだけど…。
というかそもそも。
「何で皆彼女欲しいの?」
首を傾げそう問い掛けると、今度は彼女持ちの友人二人が目を輝かせてテーブルに身を乗り出してきた。倒れこそしなかったがグラスが少し揺れてひやりとする。
揃いも揃ってマナー的にどうかと思うぞ、全く。
「そりゃもちろん!毎日が楽しくなるからだよ!!」
その内の一人が声高に訴え、隣の友人がうんうんと頷き、通路側の友人は悔しそうに顔を歪める。
この光景を見ていられるだけでも俺は十分楽しいんだが。
「恋人と友達と、何が違うの?」
楽しいだけならわざわざ恋人じゃなくてもいいじゃん。友達と一体何が違うんだろう。
何でわざわざ「恋人」という括りが必要なんだろう。何でわざわざ恋愛に結び付ける必要があるんだろう。
皆が当たり前に理解しているであろうことが俺にはやっぱり分からない。色気の無い事を言うならばやはり、子孫を残そうとする本能故のことなんだろうか。
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