☆壁ドン体験

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☆壁ドン体験

 保育園の頃の夢を見た。  小さな頃の私はおませさんで、律也は今では考えられないくらい大人しく内気な男の子だった。  母が観ていた恋愛ドラマのワンシーンを真似して、クローバーで婚約指輪を作ったりなんかして、まだ何もわかっていない律也に逆プロポーズしていたわ。  大人になって、ふと反芻してみても、すごく恥ずかしい。  その想い出について、律也は何も言ってこないので、きっと憶えているのは私だけだろう。それは不幸中の幸いだった。  律也がもし憶えていたなら、たぶん、いや、絶対それをネタにいじり倒されていたはずだ。  あの頃の私は律也が好きだった。  何も考えず、律也にスキスキ攻撃してベッタリくっついていた。  初恋と呼ぶにはまだ幼過ぎる、ピュアで無邪気であどけない恋心ーー。可愛い時期もあったもんだ。  それで、保育園のお遊戯会でちょっとした劇をやることになって、律也が王子様役で、私がお姫様役だった。  当時から女の子にモテまくっていた律也だ。  みんなの希望で、律也が1人海に住む王子様で女の子全員がお姫様役。ーーという、なんともカオスな創作劇だった。  海の中の舞踏会でみんなで賑やかに踊るだけのストーリー性のない簡単な劇だった。  私は家でもいっぱい練習して張り切っていたんだけど、よりにもよってお遊戯会の前日に足首をひねってしまって劇には出ることができなった。  それでも私はお遊戯会を楽しみにしていたから、この日のために親が用意してくれていたチュール素材のピンク色の華やかなドレスを着て保護者席で劇を見ていた。  私は劇の最後で、王子様の律也とラストダンスを踊る予定だった。  結局、私のポジションには、保育園でも一番の美少女だと評判の瑠奈ちゃんが代打で立っていた。  花の髪飾りがよく似合っている、ふわふわしたフレアなピンク色のワンピース姿が可愛い。  美少年の律也と美少女の瑠奈ちゃん、2人のダンスはとても絵になっていた。  ーー私はお姫様じゃないの  なんて事はない出来事だったのに、私にはすごく惨めてショッキングだった。 「あの頃かなあ」  律也とは、ごく普通の幼馴染になった。 「え?」 「ううん、独り言」  律也の部屋で漫画原稿の手伝いをしながら、私はうわの空で昔のことを思い出していた。  私の大きな独り言に反応して律也が顔を上げる。 「うん、律也って、本当、顔だけは王子様のような美形だよね」 「顔だけ、とはなんだよ」 「そのままの意味だよ」 「…」  はぐらかすようにヘラヘラ笑っていると、突然律也が真剣な表情になった。  そして何を言いたそうにジッと私の目を見て、距離を詰めてきた。  私はびっくりして、思わず壁の方へ後退してしまう。  それでもジリジリと距離を詰められて、そしてついに壁に追い詰められてしまった。 「美森……」 「え?…」 「す」 「す?」 「……す……。いや、なんでもない。どうだった?」  律也は目をそらし、ゴホンと咳払いして身体を剥がした。 「どうとは?」 「これが噂の壁ドンだ。しかもこのイケメンの俺からの出血大サービス。感想は?」 「イケメンとか自分で名乗るな!壁ドン?もうそれ古いんじゃないの?窮鼠になった気分だったわ」 「ふうん。……漫画の参考にする」 「うん……」  急に、真剣な眼差しでジッと見つめられて、少しドキドキしてしまったのはーーなんかムカつくから言わないでおこう。  私が律也と、どうにかなるわけない。  私は律也のお姫様じゃないんだから……。
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