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律也の元カノと鉢合わせ
本屋から徒歩5分歩いた場所に、食品スーパーがある。
そこで食料や日用品の買い物をすることにした。
「いつも律也が買い出ししてるの?」
「うん。俺が買い物して、大島さんが食事を作ってくれていた。大島さんが家にいない時はカップラーメンか惣菜かな。俺は料理なんてできないからな」
「ああ〜、律也って料理音痴だもんね。ものすごく不味かったな〜。カレーの隠し味に納豆に、沢庵に、青汁やバナナや餅を投入するんだもん。センスなさすぎでしょ。しかも、いつも嫌がらせのように私に味見させるんだから……」
律也と肩を並べ、カートを押しながら店内を回っているとーー。
「あれ……律也?」
会社帰りらしい、スーツ姿の黒髪美女に声を掛けられた。
大人っぽい真っ赤な口紅がよく似合っていて色っぽい。長身でスタイルも良く、高いヒールも履き慣れて、カッコいい大人女子…?
「亜矢子?」
ーー律也の知り合いらしい。
彼女はチラッと隣に立ていた私の顔を見ると、何故か睨んだ。
「何?そのコ、律也の新しい彼女?」
「違います。私は律也の幼馴染です」
「でしょうね。2人並んでいて、全然釣り合ってないもの」
棘のある言い方に、つい苛立ってしまった。
全身を舐めるように見てきた彼女は鼻で笑っていた。
「律也?誰?この人」
「元カノだ」
「ええ?」
やっぱりか…、めちゃくちゃ私を敵視してくるもん。
律也の元カノ亜矢子さんは私をスルーして、律也の肩にさりげなく触れるとニッコリ笑った。
「ねえ、あの変な趣味はもう辞めたんでしょうね?栄転を勝手に蹴ったことは許してあげる。でもアレだけは流石に気持ち悪いのよ。改善してくれたら、また付き合ってあげてもいいって言ったわよね?」
律也は彼女の手を払うと、ハァッとため息を吐いた。
「いや、間に合ってます。もう俺たちは終わっているだろう。っていうか、お前から振ったんだろ」
「また〜、素直じゃないわね。私に振られて、そんなに傷付いたの?」
クスクスと、煽るように笑う亜矢子さん。
律也は無表情のまま、私の服の裾を摘んだ。
「律也……」
心配になって、律也の横顔を見つめていた私に、亜矢子さんは話し掛けてきた。
「ねえ。あなた、知ってるの?律也の趣味〜。こんなナリで、アニメとか観てるのよ〜。想像もつかないくらい気持ち悪いオタク趣味してるのよ。しかもマンガを描くためだけに、本社の花形部署から支社の内勤に異動したのよ。しかも、その漫画がね〜」
悪意たっぷりの笑みを浮かべながら、皮肉を述べる彼女。
律也は黙り込んでいた。
私は気付けば叫んでいた。
「律也の趣味が何だっていうの!?…どうして、わざわざアンタに命令されて、大好きな趣味を辞めなきゃいけないわけ?絵を描くのは、律也が小ちゃい頃からの趣味で特技なのよ?ネットには、律也の絵や漫画が好きで、応援しているファンだって何千人もいるんだから……っ!立派な趣味でしょ!何が問題なのよ?」
「………はあ?何よ、あんた……っ!」
「人を外的要素でしか判断できないアンタがよっぽど気持ち悪いわ!」
私が言い返してくるなんて思ってもなかったみたい、目を丸くしている。
「行こう、律也」
「………美森」
珍しくしおらしい様子の律也がおかしくて、私はふふっと静かに笑った。
スーパーからの帰り道、律也は元カノの亜矢子さんについて教えてくれた。
入社した頃に付き合い始めて、1年弱交際していた。
入社したばかりの頃は本社のエリート部署に配属されていて、残業ばかりの忙しい毎日だった。
商業誌で漫画の仕事依頼が入ったので、比較的残業もなくプライベートにゆとりもできる支社での内勤に異動願いを出した。
同時期にオタク趣味もバレて、出世コースから外れたので激怒した亜矢子さんから振られたらしい。
「……大体、似たような理由でいつも振られるんだよな。疲れる…」
「それなら、外でも素の律也で居たらいいのに。私には、外面の方が気持ち悪いよ。本当はすごく口も悪くて、だらしないクソ男なのに…」
「何が言いたいの?ディスりたいの?」
律也は不満げな目を私に向けた。
「ーー私は、素の律也の方が好きだよ」
ニッコリ笑うと、律也は珍しく照れて顔を真っ赤にさせた。
てっきり、いつもの憎まれ口が返ってくるものと思っていたから、突然の魔球(反応)にこっちも照れて赤面してしまう。
「か!勘違いしないでよね?どっちかといえば好き?…みたいな。大嫌いが、ちょっぴりマシになる程度〜ってやつだよ?」
「美森……それ、ツンデレキャラの常套句じゃないか」
「デレてないわ!100パーセント純粋なツンです。律也には嫌悪感しかないから」
「はいはい、そういうことにしておいてやる」
他愛のない会話をしながら、マンションへ続く夜道を歩いた。
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