【薄桜鬼】月のうたかた

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腕を解いた体をこちらを向かせ、広げた腕にもう一度抱きしめる。 冷えた体が温もりを求めるように、ごく自然な流れで千景に抱かれた志乃は彼の肩口に頭を預けた。 「きっと、これは習慣となってしまっているから・・・」 志乃はぽつりと呟いた。 小さく身震いする仕草をみせた志乃の肩と背を両の手で温めるように摩る。 「だからといって、お前ひとりでこのようなところに来るのは好かぬな」 千景は目を細めるほどの光を大地に降り注ぐ月の姿を仰ぎ見た。 古の先人たちが語り継ぎ、崇拝する者もいるだけはある。 鬼であっても決して手の届かぬ存在。 だが、この腕の中にある者だけは、貴様にはやらぬと眼差しを強めた。 「では、千景が共に来てくれるのなら・・・いいのかい?」 悪戯めいた言葉は楽しそうな音を奏でる。 「ふん。あの月が羨むほどの営みを見せつけてやるのも一興というものだな」 千景は志乃に顔を上げさせ頤を捕らえると、瞳の中に己と月を映した漆黒が揺れていた。 月の力が彼を満たし、その目には男女の域を超えた色香を纏っている。 「千景・・・」 「俺だけを見つめ、俺だけを感じていろ」 荒げはしないが、有無を言わせぬほどの強さを持つ千景の言葉に、志乃は瞼を閉じる。 彼が身を清めたがる理由を千景は知っていた。 自身を汚らわしい存在だと思い込んでいるが故に、満月の夜には決まってこの小川へとやって来ることを。 月、特に満月は古来より月の力が大きくなるといわれ、神聖視されている。 その光の下に身を置くことで、自身が浄化されているように思えたのだろう。 それは彼のせいではないというのに。 風間家の頭領として近頃里を離れる機会が増えてきており、里内の知らせは家臣たちから報告を入れさせていた。 特に志乃については信頼する天霧や不知火などに任せたかったのだが、薩摩や長州からの要請もあり、彼らも共に里から離れざるおえなかった。 今宵、久方ぶりに戻ってみれば案の定、志乃の姿は屋敷にはなかった。 「・・・んっふ・・ぁ」 差し入れた咥内に逃げ込む舌を絡め取り、強く吸う。 艶やかな髪に指を差し入れて、角度をつけて隙間なく唇を合わせては呼吸をも奪うほどの口吻に志乃の腰が抜けそうになり、千景の袖を強く握りしがみつく。 「この程度で息が上がるとはだらしがないぞ」 くつくつと喉で笑う独特な声と触れる息が更に志乃を追い詰める。 「はぁ・・・ぁ・・んっ・・ち、ちか・・」 名を呼びたくとも、上がりきった呼吸が音を紡ぐことを困難にさせる。 快楽の深淵に墜ちる寸前の深い二つの光を見つめながら、千景は再び合わされる唇の狭間で囁いた。 「俺が、あの女の呪縛からお前を解き放ってやる・・・」 風間家が治める鬼の里は、頭領をはじめとする有能な家臣たちに護られながら、里の者たちは長い間人間たちとは関わることなく静かに暮らしていた。 田畑を耕し、子を育み、里の者同士の結びつきを何よりも大切にしてきた。 あの純血ではない女鬼が、この里に来るまでは。
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