【薄桜鬼】月のうたかた

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中天にある月が川面に浮かぶ姿を、二組の足が水音を立てながら縺れ合うように掻き消してゆく。 時折足を止めては、戯れというには程遠い喰らいつくような口吻けを交わし、息を吐くことすら困難にさせる男の行為についてゆこうと志乃は必死であった。 先ほどまで冷え切っていた肌はすぐさま昂まり、背を抱く掌にはしっとりと汗ばむほどの熱を感じる。 その様子に口元を引き上げ、千景は縋り付いている彼の唇を幾分乱暴に音を立てながら放した。 「・・んぁっ・・・」 咥内の隅々まで千景に犯されていた舌が、薄い唇の狭間から、彼と繋がる唾液の糸を途切れさせぬよう追うようにして形をのぞかせる。 千景を見つめる志乃の眼差しには“何故”と口吻けを止めた彼への不満と、高まりの最中に放り出され、なんとも言えぬ感覚に戸惑っていた。 その証に志乃の腰が擦りつけるように怪しげに揺らいでおり、千景の下肢に形が分かるほど昂ぶりつつある欲望が触れている。 「俺がほしいか」 「ち、かげ・・・」 志乃が答えぬ限り、望む愛撫を与えられない事への落胆の色が濃くなる。 体の欲求が、無意識に掌を下肢へと誘う。 それを目の端で捕らえると、千景はその手を払い志乃の頤を引き寄せて唾液で濡れる唇の輪郭を舐め上げた。 そんなところではなく、いっそのこと再び中に入ってくれば良いのにと、咥内で震えていた志乃の舌が誘うようにうねる。 その様子を見ていた千景は息を吐くと、彼の舌を自身の歯に捕らえ欲を宥めるようにひとつ甘噛みを施した。 「はぁ、んっ・・」 唇を離して濡れそぼつそこに千景の長く節くれた人差し指を含ませる。 差し入れた指をゆっくりと抜差しさせては、淫らな秘部への男の挿入を思い起こさせた。 志乃は欲を隠すことなく虚ろな眼差しを男に向けたまま、含んだ指に舌を見せつけるように絡ませ、鼻から抜ける甘えた音を出しながら千景に縋った。 次第に抜き差しする速さに強弱をつけると、やがて掻き回す動きも加えられる。 口元から発せられる淫猥な水音が、ふたりの間で大きく響く。 そこまでされては、もはや腰が揺らめくのを止めることの方が困難だろう。 「たかが口吻けと指だけでこのようになるとは。俺がいない間、自分で慰めてはいなかったのか?」 指を含んだ状態では、彼が返答など求めていないのは明らかだった。 悪戯に嬲った咥内から指を抜き取り、千景の唇が志乃の顔の輪郭をゆったりとなぞり上げ、志乃の乱れつつある髪を掛けている耳へと辿り着く。 最早纏め上げる役割さえ果たせておらぬ結い紐に千景は目を細め、それをもう片方の手に取り指で遊ぶとするりと紐が解けてしまった。 はらはらと志乃の艶やかな黒髪が落ちて、白き肌にいくつもの黒い筋が走る。 指に絡んだ結い紐を、自身の首にある同じ色と造りをした首飾りの紐に絡ませると、落とされた髪を一筋掬い取った。 「ふん・・・ところで、その手で何をしようとしたのだ?」 問わずとも分かるだろうに、息が耳に掛かる距離でからかうような言葉を吹きかける。 それすら愛撫にしかならぬというのに、千景はすべて知っていてこのような事をする。 それがとても悔しい。 「千景がくれないのでは、自分で与えるほかないではないか」 拘束されている手を取り戻そうと、力を入れる。 そんなことをしたところで、この男には敵いはしないのに。 「しばらく合わぬ間に、随分と憎らしいことを言うようになったな」 気分を害したのか、発した声音がひどく低いものになり、捕らえていた志乃の手を離すとすぐさま彼の体を肩に担ぎ上げる。 抵抗する隙もなく、ひとつ呼吸をするよりも早い身のこなしに志乃は言葉を失う。 細身であっても男であり、千景より低くとも里の男鬼よりは身の丈はある。 そのような者を軽々と担ぎ上げ、体のふらつきや呼吸の乱れなど一切ないのは、彼が男鬼の中でも特別だからであろうか。
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