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そのバケモノはいつだって森のおくからやってきた。
「きた」
木の上で見張りをしていたぼくは、森のおくから来るその気配を耳とはだで感じとる。その方向を見たら、いくつもの小さなくろい影が、ざりざり、がさがさ、と、草木をかきわける音をたてて、どんどん大きくなっていった。
ああ、バケモノだ。バケモノがやってきたんだ。
ぞっとした恐怖に心がぎゅうっと掴まれたけれど、ぼくはもう子どもじゃないんだと、がんばって息をととのえる。足がふるえたけれど、それもなんとかふり絞って、木から跳びおりて集落まで走った。
「バケモノ! バケモノがきたよ!」
ぼくの声におうちからみんながぞろぞろと出てくる。その顔はみんなこわくて、おこっているような顔をしていた。みんなバケモノにおこっていた。だって、バケモノにぼくらはたくさん、ころされたから。
「シノ、どこから?」
「あっちです」
長老さんにきかれて、ぼくはバケモノがくる方を向いた。長老さんはこわい顔でそっちを見たあとに、腕をあげて振りおろした。それはたたかいの合図だった。集落のみんなはそれを見て一回うなづいて、はしっていった。
バケモノはいつも森のおくからやってくる。バケモノは二本のあしでたっていて、体はつるりとしていて、でも変なものがところどころついていた。ぼくらとはぜんぜん違っていて、すごく気持ち悪かった。そしてバケモノはみんな、変なちからをもっていた。筒がぴかって光ったとおもったら、体に穴があいているんだ。それでぼくたちはたくさんころされた。ぼくのおとうさんもおかあさんも、ころされた。だからバケモノはこわいけど、同じぐらい、憎かった。
「シノ」
みんなが走っていっても、そこにずうっと立っていたぼくは、長老さんに名前をよばれてそっちを見る。
「お前も行きなさい。お前はもう十二の月を超えたのだから、戦ってよいぞ」
「長老さん。でも、ぼく」
「……復讐、したいのだろう?」
分かっておったよと、長老さんは言った。長老さんはぼくたちをよく見ていて、なんでも知ってるひとだった。だから、気付かれたのかもしれない。ぼくのなかのどうしようもない、バケモノに対する憎いこころが。おかあさんとおとうさんをころしたあのバケモノたちを、同じようにしてやりたい。だからぼくはずうっとずうっと、この爪を研ぎ続けていた。バケモノをころすための、この爪を。
「……はい!」
ぼくのこころがわっと高揚した。ぼくたちの掟として、十二の月をこえるまで戦っちゃいけないってされていた。それまではとても弱くて足手まといだから。じぶんで自分の身を守れるようになるまで、後ろで待ってなさい。それが掟だった。ぼくの憎むこころはその掟にずっとしばられていた。でもそれが、ほどけた。ぼくを止めるものは、もうないんだ。
ぼくは自分のおうちに走って、一粒のおくすりを取り出した。力がわくおくすり。大人はみんな、戦いのまえに飲むおくすりだ。それを頑張ってのみこむと、ぶわっと、全身の毛が逆立った。ちからが沸いてくる。代わりに、ぼくのこころが獰猛なものにどくどくと染められる。でも、これでいいんだとおもった。だって今からバケモノをころすんだから。ころすには正気なんて、いらないんだ。この獰猛なこころと、爪だけでいいんだ。
ぼくはそのままおうちを飛びだして、みんなのあとを追いかけた。暗い森のみちを駆けているあいだ、ふしぎと疲れなかった。ただずっと気持ちよかった。どくどくとあばれる心臓も、はっはっと息をするのども、全部獰猛なこころが飲み込んで、ぼくに力を与えてくれた。はやく。はやくころしたい。復讐したい。そう思っていると、みんなの姿が見えた。みんな並んで、森の向こう側を警戒している。
「シノ……!?」
「ぼくもたたかう!」
「そうか。自分の身は自分で守れよ」
そう言ってみんなは優しくぼくを迎えてくれた。ぼくはそのまま前の方へ出る。すると向こう側にバケモノがいた。どんどん近付いてきていた。その姿が、雲のあいだから顔を見せたお月さまに照らされる。
近くで見たバケモノはすごく気持ちわるかった。なんで二本だけで立っているんだろう。とてもきもちわるい。なんでつるりとしてるんだろう。とても寒そうだし、まるで羽をむしり取られた鳥みたいだ。頭だってひらべったくて気持ちわるい。そんなひらべったいところに目がふたつ並んでるんだから、ほんとうに気持ちわるい。それに見たことがない変なものをいっぱい持ったり、体につけたりしていて、それがとても、気持ちわるい。
『いたぞ、妖狐だ!』
『構えろ!』
バケモノは聞き取りにくいがさがさした声でそう言って、月明りでキラリとひかるたくさんの筒を、ぼくたちへと向けた。
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