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元ヒーローは恋する怪人に愛でられる★
自分よりも五つ年下の二十歳。背が高くて、自分なんかすっぽりと隠れてしまう羨ましい体躯。笑顔は子どもみたいに可愛いのに、自分を真剣に見つめるその表情は大人びていて嘘みたいにドキドキする。
それが、自分の恋人だというのだから、これは幸運以外の何物でもないと思う。
「圭史郎さん、お待たせしました!」
週末、夕方の遊園地のメリーゴーランドの前のベンチに座っていた圭史郎に、そんな声と共に大きな影が駆け寄ってくる。顔を上げると、目の前に勇大の笑顔があった。
愛しいその笑顔を圭史郎は半ばぼんやりと見つめてしまう。
「圭史郎さん?」
「あ、ごめん。仕事、終わった?」
「はい。圭史郎さんは?」
「うん、僕もさっき終わって来たところ」
夕方の六時、圭史郎の職場である遊園地の中で待ち合わせをするのはこれで三回目だ。毎日レッスンにトレーニング、ショー、加えてバイトと忙しい勇大に会う機会は少ない。今日はそんなうちのひとつだ。
「圭史郎さん、今日は行きたいところがあるんです」
「行きたいところ?」
笑顔のまま圭史郎を見下ろす勇大に、圭史郎が首を傾げる。
「はい、すぐですから!」
そう言って勇大が手を差し出した。圭史郎はそれに驚いて、でも嬉しくて、おずおずと手を伸ばす。勇大がそれを強く掴んで引き寄せた。その勢いで圭史郎が立ち上がる。
「行きましょう、圭史郎さん!」
そのまま手を引かれ歩き出す。圭史郎は繋がれた手を見つめ、赤くなった。大きくて固い手が、自分の薄い手を優しく包んでいる。その事実が嬉しい。
手を引かれて少し歩いてすぐだった。突然勇大が立ち止まる。
「勇大くん?」
「ここです、圭史郎さん」
勇大がそう言って振り返ってから指をさす。圭史郎はその指の先を見て、驚いた。
「……観覧車?」
「はい! 毎週ここに来て、圭史郎さんと一度乗ってみたいと思ってたんです」
勇大はそう言って再び歩き出した。乗り場まで行き、カバンから回数券を取り出す。どうやら待ち合わせに向かう前に買っていたらしい。
「僕の分は要らなかったのに」
職員である圭史郎は園内のアトラクションには無料で乗れる。それを伝えても勇大は首を振った。
「だって、今はデートだから。オレが出します」
圭史郎はその言葉が嬉しくて、出しかけていた社員証をそっとポケットに戻した。
陽が落ちる六時過ぎから、園内は電飾に彩られる。自分にとってそれは見慣れた職場の光景なのだが、勇大にとっては違うようだった。
段々と上がっていくゴンドラの外を子どもみたいなキラキラした目で見下ろしながら、楽しそうに、うわー、と声を上げた。
「観覧車を下から見た時もキレイだと思ったけど、上から園内見るともっとキレイですね、圭史郎さん」
「そう?」
「はい。あ、あそこ、さっき居たメリーゴーランド」
向かい側に座る勇大の目にオレンジの眩い光が反射している。その目がとてもキレイだった。
「キレイだな……」
思わず圭史郎が呟く。それを同じ景色を見て言ったと勘違いした勇大が、ですよね、と笑う。
「でも、その光を背負ってる圭史郎さんの方がもっとキレイでした」
こちらを見つめ、勇大が少し照れたように告げる。圭史郎の心臓が跳ねた。
「そ、そんなこと……」
濡れたように光る勇大の目に、自分の顔が映っているのが分かって、圭史郎は目を閉じた。自分を見つめてくれていることが嬉しいけれど、まだ恥ずかしい。
すると、ふいに唇に暖かく柔らかなものが触れた。驚いて目を開けると勇大の顔がとても近くて、すぐにこれがキスだと分かる。
「ゆ、勇大くん……」
「目、閉じてくれたから思わずしちゃいました」
真っ赤になっていることが分かって、そんな余裕のない自分が恥ずかしくて俯く。
「圭史郎さん、もう一回してもいいですか?」
「え? あ、えっと……」
観覧車は既に降下を始めていて、他のゴンドラにも客が乗っている。外の明かりで中は見えにくいとはいえ、こんなところで盛り上がれるほど若くもない。
「……良かったら、うちに、来る?」
ありったけの勇気をかき集めて圭史郎が言うと、勇大の顔が徐々に赤くなる。それを見て、自分はとても大胆なことを言ってしまったのだと分かり、否定しようとした。けれどそれを勇大が一瞬のキスで止める。
「行きます。続きは、そこで」
勇大の言葉に圭史郎は小さく頷いた。
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