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ステージの準備が整うと、今度は自分の準備だ。周りの先輩たちがカラフルなヒーロースーツに着替えていく中、勇大は黒くて地味なスーツに腕を通し、銀のマントを付けた。
「今日も頑張れよ、勇大!」
真っ赤なスーツにカッコいいマスクを被った先輩の赤松が勇大の肩を叩く。勇大はそんな赤松に頷いた。
「今日もよろしくお願いします」
頭を下げた勇大はそのままマスクを被った。銀色のマスクの頭には大きな二本の角が生えている。勇大が演じるキャラクターは悪役怪人だった。
「準備出来ましたら司会入ります」
勇大は大きく息をして、出番を待った。
自分だっていつかヒーローになりたい、子どもたちに応援されたい。だから怪人役だって頑張る。
「でも蹴ることないだろ、あのガキ!」
倒れこむようにステージの裏のパイプ椅子に座り込んだ勇大は、痛む脛を擦った。ヒーローに倒され、お決まりの捨て台詞に合わせてステージ裏に戻ろうとした時、最前列に座っていた子どもに『さっさと消えろ、怪人!』と蹴られたのだ。
「オレが何したってんだよ!」
ステージではまだヒーローたちが子どもたちと触れ合っている。怪人にその役目はないので裏に戻ってきたが、正直羨ましいのもあり、勇大は大きなため息とともにマスクを脱ぎ捨てた。
「スーツは大事にしてください」
突然後ろから声がして、勇大は驚いて振り返る。
「……船登さん……すみません」
拾われたマスクを受け取り、勇大が不機嫌なまま頭を下げる。なんでここに居るんだとため息が零れそうになったが我慢する。すると、圭史郎が静かに口を開いた。
「それと、子どものそんな行動にイライラしてるうちは、ヒーローにはなれませんよ」
圭史郎はそれだけ言うと、お疲れ様、とステージ裏を出て行った。これからヒーローとの握手や写真撮影があるから、その指示に行くのだろう。
「あー、ムカつく!」
勇大はそう呟くと今度こそ大きなため息を漏らした。
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