つがいの母

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退院当日の昼過ぎ、国政は悪びれもせずに仕事を休みさも当然という風に、いをりの世話役となった小津湯太郎を伴って迎えにやってきたのだった。 あれよあれよと身支度させられ、あっという間に国政のマンションへ連れ帰られる。片手の指で数えても余る程しか生活していないのに、それでも国政の匂いのする部屋に戻っただけで、懐かしいやら落ち着くという不思議な感覚を味わった。 広い土間で靴を脱ぎ、先にリビングへ続く廊下を歩くいをりの背中を国政が呼び止める。 「お帰り、いをり」 「…、…?」 「いをり、…ただいまは?」 「…た、…ただいま」 「ああ、おかえり」 振り返り目にした国政の表情に胸がぎゅっとなる、そこにあったのは酷く安心した様な顔。こんな風にただいまを催促されたのは初めてだった。いをりは立ち止まり国政から目を晒す、どういう顔をしていればいいかがわからなかったからだ。 国政はゆったりと近づいて、俯くいをりの顔色を伺う。 「どうした、まだ辛いか?」 「…大丈夫」 「ここでは、ゆっくりできないか?ホテルを取る?あぁ、俺が居ない方がいいか。まだ落ち着かないだろう、心配するな夜は別だ…」 「ーーーッ、」 違うと、その一言が言えなかった…。 俯いたままで言葉が出てこないいをりが息を詰めると、頭の上で国政が溜息と共に仕方がないかと呟いた。 病院に運ばれた日から、国政は一日と欠かさず見舞いに訪れた。時に泊まる夜もあったけれど療養第一と言い、つかず離れずの距離を一貫して保ち、いをりの身を案じて同じベットには入らず来客用の簡易ベットで眠っていたのだ。国政が人を招く事を想定していないこの部屋には来客用の寝具など無い、いをりが拒否しない限り共寝する他ないのだが。 国政の存在を感じて目覚めたのはたった一度きり、あの時の温もりが忘れられないとも言い難くて、俯いたいをりの目は泳ぐ。 あれ程理不尽で怖い男だと思っていたにも関わらず、どういうわけか国政を求めてしまう。そんな心と体の変化も上手く受け止めきれないで狼狽た。 しかし否定しなければ…このままでは夜になると国政がどこかへ行ってしまう。 そう思ったのも束の間、残念ながらいをりに挽回のチャンスは与えれなかった。
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