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第二性の登録は今や国民の義務となり、まだまだ個人としては大変生き辛いが、アルファにとって貴重とも言えるオメガは国の保護下に置かれる様になった。
もう誰も、運命のつがいなど信じない。
細胞レベルで管理され、適齢になれば国が選別した最も相性の良い者どうしが〈つがい関係〉を結び婚姻する。
だが稀に、ごく稀に、その仕組みから漏れ落ちるものがいた。
獲物を狩る側の目をギラつかせたアルファに組み敷かれている、いをりが正に稀なるオメガだった。
「俺の子を孕め」
「…あ、ぁ…や…めッ、や…だぁ…」
身なりのきちんとした大柄なアルファは、オメガで男性のいをりを恍惚とした目で見下ろしお前がいいと言う。
煤けた路地裏でいをりは恐怖した。
喉が張り付いて最早声も出ない、全身で震え目の前のアルファを拒絶する。男の目が怖い、今にも喉仏を食い破らんとする獣の様だ。これまでにいをりの上を通り過ぎたどのアルファより、上等で恐ろしい。
絶対的な力に抗えず、オメガの本能でこのアルファは最上位種なのだと思い知る。
「アレよりもはるかにお前の方が相性が良さそうだ、さあ俺に当てられてヒートしろ。つがいになってやる、頸を噛んでやるから俺の子を孕め」
「…ぃ、や、…やだ…やだ…やめて…」
男はいをりを誘う様に喉仏から顎の先までを舐め上げて、耳の後ろで匂いを嗅ぐ様に呼吸する。いをりの肌に男の熱い息がかかる、その度にぞわりと背筋が戦慄いて目の前がスパークした。これはまずいと思うのに押さえつけられた腕の指一本さえ動かせない、唯一自由のきく頭を振りかぶり否と訴えるが男の態度は何一つとして変わらなかった。
いをりはなけなしの理性を総動員して、アルファの匂いを吸い込まない様に息を止めた。
歯を食いしばり、目を固く閉じて必死になって息を止める。
するとその抵抗に気がついたアルファが取った行動は、いをりにとっては信じがたいものであった。まるで力を抜けと言わんばかりに食いしばった下顎を優しく撫でる手が、耳の後ろから今度は頸までを包む大きな手が、先ほどまでの乱暴さを感じさせないほど柔らかな手つきで触れてくる。いをりはその手が触れる箇所から次第に熱を呼び覚まされている様な感覚に、恐怖とは違う身震いをした。
「ーーーーどうして…?」
いをりは耐えきれず漏れた言葉とともに、圧倒的アルファの前でなす術もなく身を守る様に意識を失った。
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