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源内郡司は人を隠す事が上手かった。
出雲路の…いをりのつがい相手が、いをり探し始めたと翌日にはもう報告が上がっていた。つがいが行方を晦ましたのだから当然だろうと思う。
「恐らく掴めた足取りは支援施設を追い出された所まで」
「…そうか」
「まぁ、出雲路の坊ちゃんが本気を出したらあっと言う間に見つかるんだろうけど…何をもたもたしてるんだろうねぇ」
いをりくんに嫌われちゃったと思ってんのかな?と言う莇生の言葉を源内は鼻で笑った。
「あいつは?」
「寝てまーす」
「外に出たがらないか?」
「ちよちゃんがいいストッパーだわ」
いをりはいずれあの男の所へ帰って行くだろう。けれど、そう簡単に返してやるものかと源内は思うのだ。
昨晩はちよりと枕を共にしたが、目が覚めると可愛い寝顔はどこにもなかった。ベッドから起き出して裸足でペタペタと歩き、リビングへ行くと源内がダイニングキッチンでコーヒーを入れている所だった。
「…郡司さん、ちよりがいない」
「んん?ガキはこの時間学校だろう」
「そっか、がっこう…」
「お前には馴染みないか」
源内がお前も飲むかとコーヒーの入ったマグカップを傾けて見せたが、いをりは首を横に振った。ソファにでも座っていろと言われ、その通りにする。
戸建の広い源内家、天井が高い。ゆっくり視線を巡らせていると、リビングの扉の前に黒スーツの見知らぬ男を見つけて声も無く驚いた。昨晩からのいをりの監視は厳重なものだった。それこそいをりを一歩も外に出してなるものかという気迫さえ感じる。具体的に言えば、この様にかなり近くに監視役がいるのだ。それは莇生だったり、知らない男だったり、歩き回る事さえままならない、三芳や湯太郎の監視など可愛いものだった。
キッチンの方から食パンの焼ける匂いがして腹が鳴る。暫くすると、フレッシュジュースと焼きたてのパン、目玉焼きとサラダを源内が運んできたのでいをりは目を丸くした。
「…そういえば、郡司さんが料理してる」
「はぁ?これのどこが料理だよ、焼いてちぎっただけだろうが」
でも目の前に運ばれてきたのは立派な朝食だ、それにロッジでの食事の用意も源内がしていた様な気がする。いをりは源内の作ったものなど食べた事がない、思わず源内と朝食を交互に見た。すると源内はどこが不貞腐れた様に顔を顰め、俺がやらないと、誰があいつに飯を食わすんだよと言った。
源内は昔から何をしているのかよく分からない人だった。ヤクザだという事は知っていたけれど、それ以上の何もいをりに語って聞かせる事はなかった。莇生は源内が切れるとまるで鬼の様なのだとよく言っていたけれど、この人も人の子で、人の親なのだなと思えば少しおかしくてくすくすと笑ってしまう。
すると横に座った源内に鼻の頭を摘まれた。
「…わらうんじゃあねえよ」
「ぃ、痛い…」
よくよく思い返してみると、いをりの前とちよりの前では喋り方も違うのだ。いをりの前では崩した…少し柄の悪い喋り方をする。
「…お前、そんな風に笑うんだったか?」
「…へん?」
「あの男の影響か?」
「…さぁ、わかんない」
パンが冷えないうちに食えと言われ、腹の子を思うと背に腹は変えられず手をつけた。源内はもぐもぐと咀嚼するいをりを眺めながら話を続ける。
「あいつんとこに帰りたいか?」
「…、…、…わからない。郡司さん、質問ばかり、変だよ」
「お前は、わからないばかりだな。素直じゃない」
一度は源内を見たが直ぐに手元のサラダへ視線を落とした。食べられない物などないけれど、何となく選ぶ様にフォークで野菜を突く。
「…俺が腹の子の父親になってもいい」
「…ぇ、」
思いもよらない申し出にいをりはフォークを取り落としてしまい、何を言っているのかと源内を見て首を傾げた。
「お前の事は抱けないけれど、その子なら…ちよりの様に抱き上げてやれる」
「…それは駄目」
「あのな、いをり」
「駄目、この子の父親は国政だから」
「…そう、か」
目に一杯の涙を溜めたいをりが今にも泣き出しそうにして微笑み、幸せそうに腹を撫で父親は国政だと言うものだから、源内はそれ以上なに言えなかった。
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