つがいと悪意の矛先

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あの女はなんなのだ。こめかみに激しく脈打つ血流とふつふつ湧き上がる殺意を歯噛みしながら抑え込む。 目を離した隙に女が一人いをりの横に座っていた。女は一見穏やかそうに笑っているというのに、ふとした瞬間いをりの気配が揺れたのだ。慌てて側まで行ってみれば、血の気が引いて顔面を白くしたいをりが国政を見上げた。 幸い擦り傷程度で済んだが、傷まで負わされて…また恐ろしい思いをさせてしまった。 自分のテリトリー内だと安心して、一人にしたのがいけなかったのだと悔やむ。 あの女はいをりに何を吹き込んだ? あの時のいをりの様子はつがいにしようとする余り、こどもを孕めと追い立てた時に見せた反応によく似ていた。 「国政さん、お顔が鬼の様ですよ」 「当然だ、俺は怒っている」 「支配人から事の経緯は聞きましたけれど、社に着くまでには何とかしてください。そのままでは社員達が皆恐れ慄いて倒れてしまいます」 国政を迎えに来た新稲は車を運転しながらバックミラーで後部座席の様子を伺い、ご自分の機嫌はご自分でお取りくださいと言う。 「いをりに触れた女は一体なんなんだ」 「…本当に覚えてらっしゃならいのですか?あの方は国政さんのマッチング相手ですよ、ホテルで顔合わせまで済ませたでしょう。いをりさんをつがいになさった後は、先方に破談の謝罪にも伺ったじゃないですか」 頭の中の片隅の更に片隅にあった記憶を掘り出して、ああ確かそんな様な事だったと国政は忌々しげに舌打ちをした。 「確か何処かの企業のご令嬢だったかと」 「うちとの取引は?」 「…あったと思いますが、」 「撤退しろ」 「またそんな無茶を…」 湯太郎に連れられて、車に乗り込んだいをりの様子はやはりおかしかった。不安げに国政を見上げ、怯えたように目を晒す。間違いない、あの女は穏やかに凪いできたいをりの心を騒めかせ、黒い染みを残していった。 「俺のいをりに傷をつけた、一族万死に値する。本当はあの場で縊り殺してもよかったんだ」 「あまり物騒な事を言わないで頂きたいものですが、……仰せのままに」 新稲はまるで国政の心の平穏が一番と言う様に、手配しますと頷いた。それを見た国政は背もたれに身を任せる。目を瞑ると浮かぶのは、乗り込んだ車の後部座席の窓を開け、国政に手を伸ばすいをりの姿。我儘をしないようにと我慢しても、我慢を上手く出来ないこどものように、掴んだ国政の手をぎゅっと握り、縋るように呟いた。 『…早く帰って』 今日もとっとと仕事を終わらして、いをりのもとに帰らねばと考える。 しかし休み明けの出勤ともなればやるべき事も多く、そう簡単に予定通りにはいかないと、弱ったいをりを思っては頭を掻き毟りたい衝動に駆られるのだった。
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