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逃げよう
「ほら、たまきくんも食べなさい」
周りの大人たちが僕に料理を食べるように進める。皆、楽しそうだ。
「あ……はい、」
差し出された皿を受け取る。皿の上には、綺麗に料理が盛り付けられていた。少し前の僕なら喜んで食べていただろうけど、今の僕はとても食べる気にはならなかった。
大人たちに合わせようとしているけど、僕は多分今、笑えていない。
なんで。なんでそんなに楽しそうにしてられるんだ。
やっぱりおかしい。
皆も、この村も、決まりも、神様も、全部。
「……父さん、ごめん」
小さく呟いて僕は立ち上がった。
父さん達は話が盛り上がっているのか、僕に気づいていなかった。
「なずな」
「…たまき、どうしたの?」
なずなが僕の方を見て笑う。
無理して作った笑顔なのがすぐ分かった。目の奥が痛い。涙が出そうになるけど、涙を流していいのは僕じゃない。
「…ちょっと来て」
「え、ちょっと」
なずなの手を引いて、部屋を出る。
なずなの声も聞かないで、僕はなずなの手を引きながら神社を飛び出した。
「ねぇ、どうしたの?たまき」
神社を出て歩いていると、なずなが呟いた。
僕は静かに振り返った。
「…逃げよう。ここから、一緒に出よう?」
耐えられなかった。父さん達と一緒に、あの場で過ごすことが。なずなが連れていかれる時間が迫っているのが。
「昨日話したこと、忘れたの?」
「覚えてる、でも大丈夫」
考えてみれば、僕がなずなを引っ張って歩くなんて初めてだった。
「大丈夫なんかじゃないよ」
「教えて貰ったんだ、あの人に。」
諦めないでって言ってもらった。
背中を、押してもらった。
「…あの人?」
「うん。なずなみたいに選ばれた人。」
だから大丈夫。
「意味わかんないよ、ねぇ」
なずなは、僕が代わりになるつもりだと思ってるのか、泣きそうな声でそう言った。
「藤崎さんは、神様を信じていたから救われなかったんだ」
「え?」
「ごめん、なずな。僕を信じて。」
涙を零すなずなの手を引く。
手が震えていた。
ここを出てどうするかなんて何も決めてない。どう生きていくかなんて考えてもいない。全くの無計画。無謀だと言われてもしょうがない。
それでも。
「このまま逃げたら、たまきが代わりに…」
なずながポロポロと涙を零す。
ここを出て、なずなが生きて夢を追うことが出来る可能性があるなら、僕はなずなをここから連れ出そう。
「大丈夫だよ、なずな。僕はもう、神様を信じてないからね。」
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