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交渉
どうやら、考え込んでいるうちに僕も眠ってしまっていたみたいだった。
もう辺りは薄暗くなっている。
なずなはまだ眠っていた。
――おい。
「ん?」
どこからか、声が聞こえた気がした。低くてとても綺麗な声。
でも、どこを見ても声の主の姿は見えなかった。
「気のせいか…?」
――信じる者には姿が見えるはずだが、少年はどうやら信じていないようだな。
信じる者には見える存在。僕が信じていないものといえばひとつしかない。
「もしかして、神様?」
――ようやく気づいたか。
なずなの話が頭に浮かんだ。
生け贄を逃そうとした人が代わりに連れていかれて、最終的には最悪の結末を迎えてしまった話。
「なずなを連れていこうとしてるんですか?」
神様が僕達のところに来る理由なんて、それしかない。
――そうだ。まぁ、私には娘と少年のどちらでもいいがな。
「そう、ですか」
僕は神様を信じなかった。それでも結局こうなってしまうのか。父さんの言う通りだった。僕は、僕たちは特別でもなんでもない。無条件でなずなを救うことなんて出来るはずがなかったんだ。
「じゃあ、僕を連れて行ってください」
幸い、なずなはまだ寝ていた。
僕の最後の手段がまだ残っている。ここまで来たらやるしかないだろう。
――随分と受け入れるのが早いな。
「まぁ、教えてもらってたので。」
そう言って僕は、姿も見えない神に笑いかけた。
――まぁいい。だが、神を信じていない者は代わりには連れていけんのだ。信じるか?それとも…
「もちろん信じますのでご心配なく。」
でも、と言いながら僕は空を見上げた。
「三つ、お願いがあります。聞いて下さいますか?」
――いいだろう。
「まず一つ目。なずなを村に返して欲しいんです。」
僕の勝手な考えでなずなを連れ出してしまった。いくら春から東京に行くと言っても、なずなにだってタイミングはある。準備もあるだろうし、僕が代わりになったことで、未来があると約束されたなら尚更。
「二つ目は、僕のことを村の皆の記憶から無くして欲しいことです」
村の人たちが、僕がなずなの代わりになったと知ったら、なずなが責められてしまうかもしれない。そんなことは無いと思いたいけど、というのは建前で。
なにより、なずなが自分を責めて欲しくなかった。これが一番の理由。
「最後に三つ目。村の決まりを無くして欲しいです。」
なずなが村に帰れたとしても、決まりがなくなる訳じゃない。次の誰かが選ばれる日が必ず来る。
「無理なお願いだということは分かってます。でも…聞いて頂けませんか?」
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