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「写真、買いませんか?」
いつものように、いつもの公園を散歩していると、ベンチに座る大きなマスクをした男に声を掛けられた。
「写真?何の写真だい?風景とか、もしくは芸能人の写真とかかい?」
例えば、この男がカメラマンか何かで、自分が撮った風景とかの写真を買って欲しいとか、それか、芸能人のブロマイド的なもの……写真を買って欲しいと言われて、私の頭にはそんなものしか思い浮かばなかった。
「あなたの理想の者の写真、買いませんか?」
マスクの男は、私の言葉を聞いているのかいないのか、ベンチにメモの付いた写真を並べた。
理想の者の写真?
しかし、そこに並べられた写真には、何も写ってはいなかった。
「君、何も写ってないじゃないか。私をからかっているのかい?」
「メモをよく見て。あなたの理想、手に取れば見えるから」
その言葉に、写真をもう一度良く見てみれば、写真には、妻、夫、父、母、兄……などと、それぞれにメモが付いていた。
言葉通りだとすれば、この写真を手に取れば、私の理想の者が写るという事になる。理想の者は多分、このメモに書かれているもの……
私の求める理想の者……
それは、今は亡き最愛の妻
私は勿論、男の言うことなど信じてはいなかったが、妻というメモが付いた写真を手に取った。
すると、何も写っていなかった写真に、私の指が触れている場所から色が宿り、そこには私の記憶の中にある、最愛の妻の姿が!
「ハナっ」
私が思わずその名を叫ぶと、写真の中の妻は、柔らかに微笑んだ。
「!!!!!」
写真が動いた!
「あなたの『理想の妻』がそこにはいます。どうですか?写真買いませんか?」
「買う!買わせてくれ!」
私は、たとえ写真の中だけだとしても、生きた妻に会えるなら、どれだけ払っても構わないと思ったが、男が申し出た金額は、拍子抜けする程安価だった。
この男はきっと、この写真の本当の価値を知らないのだ……そう思い、言われた額の金を払い、私は写真を手に足早に帰路に着いた。
その後ろ姿を見て、男は少しだけ、マスクの下で口の端を吊り上げた。
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