誰の魂をも奪えるということ

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とある人に悪口を言われているとき、隣には坂下もいた。 坂下が、その人との約束より僕を優先したことが気にくわないと言って、図書館で勉強をしていた僕たちのもとに押し掛けてきた。 図書館で話すと迷惑になるからと言って、引っ張られながら外へ連れていかれた。 「ふざけんな! お前、なんなんだよ」 そう言って僕を怒鳴りつける。 僕は小さく縮こまって聞いている他なかった。 それに、相手は声が大きくて、あまりの剣幕に恐怖ばかりが頭を占領して言葉がでない。 こういうとき、相手の言ってることすべてが的を得てるように思えるのはなぜだろう。相手が僕のことをなにも知らない、知る気もないような人物であっても。 「お前みたいに気持ちわるい男、二度と現れないでほしいよ坂下の前に。あたしの前にも!」 「ご、ごめん、でも」 「ごめんで済むと思うな今すぐ帰れっ!」 坂下はこめかみをピクピクさせて、今にもなにか言ってやりたそうにしていた。あぁ坂下、落ち着いてよ。僕は平気だから。言われ慣れてるし……それはなんかちょっと悲しいか。 相手はしばらく僕を罵っていた。のに、今度はなにも言わず黙っている坂下のことを攻撃し始めた。 「というかさワケわかんない、坂下はあたしのこと騙してたってことでしょ!」 「そろそろいい加減にした方がいいぞ、な」 でも坂下は。自分のことを言われだした途端、受け流すように、どうでもいいというような顔をしていた。なんなら穏やかなくらいで。 それが息苦しかった。 坂下に関する悪口は全部、いわれないことだった。僕は、坂下のことだったらちゃんと否定できる。こいつはそんなやつじゃないって。 なんでわかってあげられないのだろう。 あなたが一番わかってあげなきゃいけないんじゃないの。 憶測で語りやがって。 それ以上言うのなら、口を、削いでやる。 ______今、物騒なことを思ってしまった、と後悔していると、相手があられもない方向を向いて黙りこんでいるのに気がついた。 急になんだと思っていると、勢いよく立ち上がってまたあられもない方向を見て突っ立っていた。坂下が、心配そうに相手の名前を呼ぶ。それに耳を貸さず、フラフラと何処かへいってしまった。 恐る恐る坂下を見る。 坂下は深呼吸をして、空気を十分に吸い込んでいた。息苦しかったのは坂下もだったらしい。 「さか、し」 「お前は悪くねぇじゃん。なにも」 坂下は僕が してしまったこと に気がついていた。とんでもないことをしてしまったと取り乱した僕を、責めることなくなだめてくれた。 「また、やっちゃった、また……!」 そう言うと言葉に命があるみたいに、今までやってしまったことがあふれるように思い出されてきた。 ワッとなって心中を洗いざらいぶちまけても、坂下は落ち着き払って、僕の背中をさすってくれた。 「殺したも同然だ、ねえ、許して、ごめん、ごめん」 いつもなら言葉一つ一つを拾って、丁寧に説明してくれたり指摘してくれたりするのに、このときの坂下はどこまでも聞き手だった。 否定も肯定もしない。 ただ相づちを打ち、僕が落ち着くのを待っている。 こんなの独り言と同じだ。 「ねえ、坂下、罪を犯したらば、償わなきゃならないでしょ」 「……」 「今日がそのときなんだ、だから、手、離してよ」 言ってはいけないことだというのも、坂下を困らせてしまうのもわかっている。でも言わずにはいられない。 坂下はやっぱり、困ったように眉を下げ、それでいて何事もなかったかのように 「戻ろう」 「戻るって、え」 「勉強道具取りにいこう」 「でも僕は!」 「戻ろう、高城」 これ以上困らせるのはダメだと坂下のなんとも言えない、泣く一歩手前のような顔を見て、落ち着くために僕はペットボトルの水を飲んだ。 そうだ。 どうせ、後の祭りなんだ。 相手が先にやってきたんだ。 だから、悪くない。 そうやって自分に言い聞かせて強引に納得した。そうじゃないと。生きていけない気がして。 坂下と。
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