春待ちの窓

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聞いたこともない名前の駅に3回も降りて その都度、紗江はトイレに駆け込んだ。 生まれて初めて乗った高崎線。 小さな、知らない駅のホームから 映画で見るような 漆喰塗りの不思議な建物が見えた。 (なんだろう? 土蔵、かな この聞いたこともない田舎の駅を 散策して、 一晩泊めてください、って 雪女みたいに一夜の宿を乞うて 知らない家に泊まって見たいなあ) なんて、夢想じみたことを 思いついた。 「納屋でもいいですから いいえ、このお蔵でかまいませんから、なんて」 吐気をいなしながら 薄目を開けて 辺りを見回すが 目眩がしてすぐ目を伏せた。 吐ければ、まだマシなのに。 吐くこともできず ベンチで新鮮な風に当たって 電車に乗れるまで、突拍子もない夢想で 自分をあやしてやり過ごす。
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