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第1話
『――私……好き……好きなの、篠原』
夢の中でなら、素直になれるのに――
『ん。……じゃあ俺たち、つきあおう』
夢の中でなら、両想いになれるのに――
***
「え、篠原、彼女できたのかよ~」
「……っ」
いい感じに酔っ払った同期の一人から出た発言に、明日美は愕然とした。
「えー、マジかよ。ついにか! ずっと『俺は仕事で手一杯だから、当分彼女は要らない』なんて言ってたのによ-」
「まぁ篠原くん、モテるんだからその気になればすぐよねー」
「だなー。彼女の一人や二人、秒でできちゃうよな」
他の同期たちが口々に言う。
IT企業の広報部に勤務する斉藤明日美の同期の一人、篠原和紀が年末に主任に昇格した。そのお祝いと新年会を兼ねた同期での飲み会で、彼が彼女ができたと公言したのだ。
(――そっか、ついに彼女できちゃったんだ……)
同期たちが和紀を中心に盛り上がる中、明日美は長テーブルの端っこで一人、気分が急降下していくのを感じた。
和紀は同期どころか社内でも指折りの美形で、入社当時から社内の女性たちの話題をさらった男だ。自然にブローされた焦げ茶の髪に卵形の輪郭。アーモンド型の二重の瞳にきれいに整えられた眉、筋の通った鼻と薄めのくちびる――どのパーツも美しいフォルムを象っている。
よいのは顔だけではない。背もスラリと高く、周囲への気配りも上手で仕事もできる。どこをどう切り取っても高スペックなのだから、これでモテないわけがない。
当然ながら『篠原和紀の彼女』という輝かしい肩書きを欲しがる女性は社内外に山のようにいる。
しかし彼は「今は仕事をこなしていくのに精一杯で、女の子とつきあうことは考えていない」と言い切り、どんな美女から告白をされてたところでなびかないことでも有名だった。
明日美たちは入社して四年近くになるが、確かにここ二年以上、彼の浮いた話は会社で聞いたことがない。女性の存在を匂わせるような言動もまったくなかった。
そんな明日美も多くの女性社員同様、和紀のことが好きだった。そして彼とはペアで仕事をすることが多い。同期でパートナーでライバルで――軽口を言い合えるような、気の置けない仲だった。誰よりも一番近くにいる女性として、周囲からは妬まれたりもしたくらいだ。
だからこそ、言えなかった。
親友に限りなく近い間柄――それが崩れてそばにいられなくなってしまうのが怖かった。
それに、普通の男性なら一も二もなく受け入れるような美人からのアプローチも蹴り続けていた和紀が、自分のような普通の女で満足するはずなどないからだ。
自分のことを特別醜いと思ったりはしないけれど――忙しさにかまけて三ヵ月以上美容院に行っていない髪型は、ボブが伸びて肩につきそうだ。それに色白ではあるけれど、最近の基礎化粧品はオールインワンで済ませているし、二十六才にしては少しだけ幼く見られる顔立ちだって、美女とはほど遠い。
スタイルだって太っていないというだけで、特別素晴らしいわけではないし。
要するに、どこにでもいるような、ごくごく普通の女の子なのだ。告白なんかしたところで、一笑に付されてしまうだろう。
そんなことになるくらいなら、今の関係でいた方がよほどいい。だから、彼を好きだという気持ちはずっと封印していた。
(でもこの間、告白しちゃったのよね……夢でだけど)
明日美は誰にも気づかれないよう、ため息をついた。
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