自分にしか聴こない声 

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『プルルルル……、プルルルル……』 その音に慌てて上半身を起こす。 どうやら、ベッドの中でケータイを弄ったまま寝落ちしたようだ。 枕元にあるはずのスマホを手探りで探し、画面を確認する。 『彼女』からだった。 今の時間は午前二時半。丑三つ時とも言える、大体の人間が寝ているような時間に電話をかけてくるなんて。常識外れだと思うかもしれない。 僕はその勢いのまま、電話に出た。 「もしもし……」 『ん――?』 むにゃむにゃと半分寝ているような声に、彼女はまだ覚醒していないことが分かった。 なんて声をかけようか迷っていると。 『ふわっ!?寝て、寝て……。つな、繋がって……』 眼が覚めたらしい彼女は慌てているのか、電話の向こうからガチャ、ガチャと物を動かしているような、落とすような音まで聞こえてくる。 「落ち着け、繋がってる」 『よ、良かったぁ……』 本気で安堵した声。 心なしか泣いているように聞こえた。 「…………。眠いなら、切ろうか?」 僕がそう提案すれば、即座に『嫌だ!』と返された。 『だって、話せるのこの時間だけだもん』 この時間だけ。その切実な言葉を噛みしめる。 黙ってしまった僕の名前を何度も呼ぶ声に「そうだな」と返す。 この時間だけ。そう、この時間だけなのだ。 僕が彼女と話が出来るのは。 だって、彼女は半年も前に事故で亡くなっているのだから。 初めて、この電話が繋がったのは、五か月前。彼女が死んで一か月のことだった。 初めて繋がったとき、何かのいたずらじゃないかと思った僕はその電話を無視した。 でも、その後も毎日、毎日午前二時半に電話がかかってきて、ぶちぎれた僕は電話に出た。 「うるさい!」『しつこい!』 電話に出てすぐにそう言い放った僕と彼女の声が同時に重なり合い、聞き覚えがあり過ぎる声に互いに思考が停止した。 並行世界(パラレルワールド)。 どういうわけか、この電話は彼女が生きている世界に繋がっているようだった。 そして、僕がいる世界で彼女が事故死に遭ったように、彼女のいる世界では僕が事故死に遭っていた。 その日は、互いに罵りあって、喧嘩して、泣いて、謝った。 事故が遭った日。僕は彼女に。彼女は僕に。お互い庇われて生き残ってしまったのだ。 電話が繋がってからは、それが当たり前だったかのように、午前二時まで起きていることが習慣となった。 今日はテストだった。 友達と遊びに行った。 買い物に行った。 そんな他愛のない会話が何よりも楽しくて、このまま時間が止まればいいのに。と思う。 チラリと壁にかけられた時計を見ると二時五十八分を差していた。 もうすぐ、三時になる。 この電話が繋がらなくなる。 『今度は、いつ、繋がるかな』 その言葉に唇を噛む。 最近、電話が繋がる期間が、毎日、二、三日、一週間とだんだんと開くようになってきて、ノイズが入り混じって聞き取りにくくなっている。繋がらなくなるのも時間の問題かもしれない。 会いたいと思っても、会えない。 泣きそうな彼女に、今の僕は何もできない。 それがどうしようもなく歯痒くて、辛い。 「そんな悲観していなくても、どうせすぐ繋がるって」 『そうかな?』 「そうそう」 『うん、ありがとう。…………。じゃあ、また今度』 「ああ、またな」 僕の言葉を最後に、ブツン、と通話は途切れ、電話は並行世界へ繋ぐのを止めた。
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