お前の世界に巻き込まないで

1/2
前へ
/121ページ
次へ

お前の世界に巻き込まないで

「お前……っ! ど、どうしてここに……?!」  明らかに狼狽える圭次郎に、俺もつられてワタワタしてしまう。 「あ、いや、ちょっと寝過ごして遅刻したら、戦闘ごっこしてたから、つい見入って……」 「はぁ? 戦闘ごっこ、だと……チッ……見えないっていうのは厄介だな」  苛立たしげに舌打ちをしたと思ったら、圭次郎は俺の手を掴んで走り出した。 「な、なんだよ、急に……っ!」 「良いから来い! 全力で走れ!」  圭次郎の勢いに呑まれて、俺は言われるままに走る。  黒尽くめの男が追おうとした瞬間、圭次郎はソイツに手の平を向けて口早に呟く。 「火と水の精霊よ、互いに交わりて我に身を捧げよ……もっとだ……よし、続けろ」  呪文っぽいものを圭次郎が言い出した途端、男の足が止まり、呻きながらその場でバタバタと腕を振り出す。まるで煙にやられて悶絶しているような……迫真の演技だ。見えない煙が見えてくる気がする。  思わず俺は感嘆の息をついた。 「スゲー演技力……演劇の養成所とか通ってそう」 「呑気なことを言うな! いくらこちら側の住人でも、直撃を食らえば無事では済まないからな?!」  未だに緊張感が途絶えていない圭次郎が、俺の呟きを聞いて睨みつけてくる。いつも誰に対しても興味なしで冷たい顔しているクセに、こんなに必死の形相を向けられて新鮮でワクワクしてしまう。  でも俺、劇とか苦手なんだよなあ。国語の朗読とか棒読みしかできないし……悪い、圭次郎。俺はお前の世界には入れないから。だから俺を巻き込もうとしないでくれ。  俺は走るのをやめて、圭次郎を引き止めた。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

591人が本棚に入れています
本棚に追加