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「ああ、貴女はなんて美しい」
「流石月神の御息女」
──称賛が聞こえる。当たり前だ。私は努力した。最高の環境で、あらゆる研鑽を積み、この名に見合うように、自らを高め続けていた。
そこに私の意思など内在しない。産まれた時から、私の生にはレールが敷かれていた。定められたダイヤの通りに進む列車のように。
私という車輪は、レールを外れて生きる事は出来ない。そういう風に産まれ、育てられ、意識に刷り込まれていった。
私は完璧に生きた。我が身を美しくあれ、文武を極め、受け継がれた重い名に相応しくあれと。
いずれはどこぞの名家へと贈られる、可憐で貞淑な、完璧なお人形さんとして。私はその様に調整された。
「流石は御嬢様」
「御嬢様は本当に完璧なお方」
「これで月神の家は安泰ですね」
──しかし、それでも。私は思う。暗がりで独り、呟く。
「──クソが」
期待していたような出来レース。媚を売る為に称賛しか述べない塵虫。看板を有り難そうに拝む阿呆。家畜の方がよっぽどマシだ。
勿論嫉妬も買った。だが、ああいう輩は、大抵ろくに努力もしない癖に「自分はこんなもんじゃない」という妄想に取り憑かれている哀れな存在だ。
見てくれだけで矮小な想像力を働かせて、他者の足を引っ張ることに苦心するあまり、自分を磨くことを怠る非生産的な馬鹿だ。取り合うに値しない。
「──ああ、吐き気がする」
腐臭に満ちた人混みを見つめる度、誰にも聞こえないようにそう呟く。
私は確かに恵まれているだろう。正直なところ、食うに困らず物にも困らない身からすれば、そうでない人間も想像しにくい、という観念はある。
だが、一方で雁字搦めでもある。女、というだけで舐められる。古い家の伝統に則り、最高の婦人を目指す為にほんの少しだけの妥協も許されない。
全く溜め息が絶えない。持つ者の義務? 知るか。カビの生えた伝統などクソ食らえだ。男の社会の都合など反吐が出る。
いずれどこぞの青瓢箪のもとに放り込まれて、メスを演じなければならないと考えただけで虫酸が走る。だったら生涯生娘のままでいい。
そも、私に近づいてくる奴等は皆見た目しか見ていない。所詮あの連中は最高の女をモノにした、或いはそんな奴と友誼を結んでいる、という箔付けしか考えていないのだ。
そんなひねくれた価値観をひた隠しにして、小綺麗で完璧な御嬢様を演じていたある日だった。
──化け物。彼女はそう呼ばれていた。その身なりはとても高貴とは言い難く、野生の獣といった方が適切とさえ言える。
私は、そいつに破れた。スポーツでも勉学でも、生まれて初めての敗北だった。屈辱を覚える以上に、その個人に強い興味を持ったからだ。
誰かの足を引っ張らず、自分の実力を磨き、ついには私に土を着けた。そんな熊楠三星という女に、私は知らず知らずの内に心奪われていた。
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