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──ふと、我に返る。雨の音が、随分と煩く思えてならない。雫に紛れて、機械から発せられるような光が眩しい。
思い出を反芻するなど、いつになくセンチメンタルな心持ちのようだ。胸が泣きたくなる程に痛いのに、傷口が何処かわからない。
この場において、張り裂けそうな痛みを感じているのは、多分自分だけだ。辺りでざわついている連中など、それこそ何も感じてはないないだろう。
──何せ、目の前に特級の餌が転がっているんだから。バラバラに砕け散った残骸に向けて、皆そこに視線を集めている。ただ一人俯いている奴の事など、眼中にある訳がない。
──ああ。もしも。出来るのならば。この場にいる、化け物共々。消えてしまえばいいのに。
普段なら口にしない、そんな夢物語を思い描いてしまう程に、この化け物に心を砕いていたのだと、実感してしまう。
…センチメンタルついでに、今日と同じような、雨音が五月蝿かった日を思い出してしまう。
「わたしみたいなの、実は思い切りぶん殴ってやりたい、なんて思ってるでしょ?」
「……」
そう言われて最初に感じたのは、無礼な物言いに対する怒りではなく、何故そう思ったのかという疑問が先に来る。
「どうして、そう思うのかしら?」
「いや、また失礼承知で言うけど。嘘クセェ、と思ったんだ」
「嘘臭い?」
「そ。どことなく。いつもたおやか~、に振る舞ってるけど、ホントは苛々してる。辺りの奴等、気に入らないもの全てにね」
知った風な、しかして確かな実感を込めた言葉が、私の胸に突き刺さる。
…三星に嫉妬をしていなかった。そう言えば嘘になる。貧乏人が生意気に、と。なんで私があんな小汚い女に負けるのか。
何故何もない、持てなかった女が、何もかもを手に入れられる私よりも自由に見えてならないのか。
意気がっているのも今の内。いつか現実に折れて、身の丈に合った生き方を選ぶに違いない。そう思っていたし、そうなることを期待してもいた。
所詮、その程度でしかないのだと。そのあり方を尊んでいたと同時に、それが折れてしまう様を見届けることで、私自身に諦めを付けてしまおう。
語らいの中で安息を得ると同時に、失墜の姿を夢見て口元を歪める。そんなエゴに満ちた、見るもおぞましい化け物が、私の胸の内に巣くっていた。
でも、その期待を裏切り続けていたのも、また三星だった。彼女のことを知って、胸の内を知って、そして──、
「婚約ぅ!?」
まるで今日の天気を語るように溢した、その話を聞いた際に見せた三星の顔は、いたく驚いていたことが印象深かった。
「不思議なことではないでしょう。金のある奴等同士が懇ろになるなんて」
「いや、あんたみたいな跳ねっ返りの面倒を見させられる新郎候補さんに同情したってだけよ」
「ブッこ…飛ばすぞ」
…いけない。ついうっかり「ぶっ殺す」なんてはしたない台詞が飛び出るところだった。
「今ぶっ殺すって言いかけたでしょ」
「…うるっさいわね」
「てか、結婚ねぇ。嫌われ者にはちょっと縁遠い話だわ」
そんな会話を楽しんでいたけれど。私はいずれ訪れるその日が、永遠に来ないことを望むようになっていた。
私はいつの間にか、小綺麗な人形のフリが出来なくなっていた。化け物と呼ばれる少女と出会ってから、壊れてしまったのだ。
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