96.踏切前のアパート③(怖さレベル:★★☆)

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96.踏切前のアパート③(怖さレベル:★★☆)

「いやぁ、現場保存ですよ、現場保存。けっして、  やりたくって撮影しているわけじゃあありませんから」 「……はぁ」 しかし、大家はぬけぬけとそんなことを言い放って、 どこか浮かれたような足取りで二回へと上っていきました。 (よく言うぜ……まったく) 辟易しつつ、そのまま踏切の人だかりとは反対方向のコンビニへと向かいました。 今回飛び込んだのは、どんな人だったんだろう。 ふと、そんなことを考えながら。 その日の夜。 (……眠れない) じりじりと蒸し暑い夏の夜です。 夕方近くまで眠ってしまっていた弊害もあってか、 目を閉じてジッとしていても、まったく眠気が訪れません。 ジィジィと外から聞こえるかすかな虫の声。 車の過ぎ去る排気音と、時折耳に入ってくる、遮断機の音。 終電がこの辺りを通るのが一時頃と考えると、 そろそろ電車も通らなくなるはずですが――。 (やっぱ……引っ越しとか、考えるべきだよな) 短期間で、轢死事故が二つ。 飛び込みか、たんなる事故か、 どちらかなのかはわかりませんが、異様な頻度です。 自分はメンタルが強い方だと自負していたものの、 連続で来られると、直にその瞬間をみていなくとも、 なんとなく心がずっしりと重くなりました。 しかし、家賃が安いというのは捨てがたいところ。 平日はほんとうに寝に帰ってきているだけだし、 休みの時はそれはそれで寝て過ごしているのだし。 (もうちょっと……もうちょっと我慢するか……) 深々とため息を吐きだして、ゴロリと寝返りをうった時。 「あ……れ?」 ハッ、と意識が飛び、俺は目を擦りました。 視界の先には、暗闇に浮かび上がる鉄道。 なぜだが自分は、あの踏切の前に立っています。 (え……あ? ゆ、夢?) ついさっきまで、眠れずに居間に横たわっていたはずなのに。 暗い空の下、サンダル履きの足を見下ろし、 俺は踏切の前にジッと佇んでいました。 カンカンカン…… 暗闇のなか、ポツリと浮かぶ、真っ白い電車のライト。 線路の奥から、ガタガタと車体を揺らしながらやってくる列車の振動。 身体の感覚はなぜか遠いのに、意識だけは みょうにハッキリとしているそんな世界で、 フッ、と足が前に踏み出されました。 一歩、二歩。 これ以上進んだら、踏切に入ってしまう! いくら夢といったって、電車に轢かれるなんて御免だ。 そう思い、勝手に動く身体をとめようと、 足に力を込めようとするものの、 (……う、ごかせない……!) 明晰夢ではいっそ珍しいくらいに、身体の自由が利きません。 足どころか、腕、指の一本。 まぶたの瞬きすら、自分の意志が働きません。 (やばい、やばいぞ、これ……!) フッと脳内に、眠ったまま死んだという親戚のことが思い出されました。 心筋梗塞。まだ若いのに、なんて言われていたその親戚。 もしかしたら、俺もこのまま飛び込んだりしたら。 夢の世界の死が現実世界に直結する。 そんなオカルトが、本当に起こってしまったら。 俺が必死で足を踏ん張ろうとしても、 別人の身体をむりやり動かそうとしているかのように、 いっさい俺の意思が叶うことはありません。 プオーーン…… 遠かった電車の作動音が、もう姿をはっきり目視できるほど近く。 あと一歩。 あと一歩、この足を踏み出したら、きっとこのまま―― 「…………っだぁあっ!!」 ダンッ、ドタァアンッ 布団の上でもんどりうって、俺は目を覚ましました。 「……あ、ははっ」 なんの変哲もない天井を見上げ、 乾いた笑い声が漏れました。 よりにもよって、自殺するような夢を見る、なんて。 そのうえ、このまま飛び込んだら死ぬ、というような、 強烈な強迫概念まで宿して。 俺は額から流れる脂汗をぬぐい取って、 未だ恐怖の残る身体をむりやりに引き起こしました。 「……水」 喉がカラカラに乾いています。 さっさとなにか飲んで、もう一度寝てしまおう。 そう考え、立ちあがったその時。 カンカンカン…… (……チッ) 夢の中にまでやってきた、例の音が鼓膜を叩きました。 条件反射か、ブルッと起こった鳥肌に、 過剰反応しすぎたバカ、と自分をののしったその時。 「うっ……」 ピーン! と全身の神経が張り詰める、異様な感覚。 と、同時に。 ブウゥゥウン……ドゴォンッ 「え……」 昼間耳にした、爆発のような衝突音。 それとまったく同じ音が、この真夜中の、今。 ざわつく心を抑えつつ、 カギを片手に、慌てて部屋から飛び出しました。 「ぐっ……!」 しかし、二階から目に入った光景に、 思わず喉元を押さえました。 真っ向から見下ろせる、その線路の上。 踏切を越えたその場所に転がる、人体の破片とおぼしき人影。 首が横にひしゃげ、胴体とかろうじてつながるだけのそれは、 踏切の照明に照らされて、はっきり確認することができました。 顔から眼窩が飛び出した、その命無き表情。 それは、同年代位の男性の――。 >>
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